2024年2月29日 (木)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(40)~~~~~~~~~ 「戦艦『大和』反転の真相」深井俊之助氏(その6)

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Amazon 戦艦「大和」反転の真相

 

(前回よりのつづきです)

 

「前回」と申しましても、2ケ月ぶりに、

レイテ沖海戦の話題に戻ります。

 

「ヤキ1カ(『やきいちか』と読みます)電」の謎は深まるばかりで、

深井俊之助氏の主張のように、

ねつ造であるかどうかは、私自身は何とも言えません。

 

「ヤキ1カ」電。

それは一体、何だったのでしょうか-----

 

 

Wikipediaを読みますと

~~~~~~~~~~

「ノキ5ソやヤンメ55というヤキ1カの近くで、ほぼ同時刻に敵を発見したという情報は第二航空艦隊や第六艦隊、軍令部など他部隊に伝わっている---

~~~~~~~~~~

と記されています。

 

本書「戦艦『大和』反転の真相」には、

フィリピン海域の地図と、位置を特定する

日本海軍の縦軸・横軸の記号(数字とカタカナ)が示されていますので、

それを使って、それぞれの場所を調べてみました。

更にまた他のサイトでは、「ヤル1カ」を示した電報もあったといいます。

 

ところで----

私は12月の記事で、

「米機動部隊発見という電報は、5種類ほど存在するらしい」

と書いたのですが、これだと4種にしかなりません。

“あとひとつ”は何処へいった?それが今、わからない。(苦笑)

 

※「ノキ5ソ」から。

まずこの電文の最後の文字「ソ」が

本書の地図の凡例に該当がありません。

ただ、概略の位置の判定には「ノキ」だけで十分です。

 

※「ヤンメ55

これも「メ」が本書の凡例に依りますと、

見当たらない文字で、意味不明なのです。

素人考えでは記号の「×」のことかな、などと思いましたが、

ともかく「ヤン」を位置判定に使いました。

 

2023年1130日の本シリーズ記事(その4)において、

「私はWikipedia100%正確であるとは思っていません」

と書きましたが、これがその例なのか、あるいは、

本書の図面のほうが間違っているのでしょうか。

 

※「ヤル1カ」

「他のサイトで見ました」と書きましたが、こちらのURLです、

ヤル1カと栗田艦隊 - Togetter

2016年12月のK2Wさんの「ブログ」(合ってる?)を

参照させていただきました。

 

 

「ノキ5ソ」は、問題となっている「ヤキ1カ」のすぐ近くで、

栗田艦隊との直線距離は、いずれも約100km内外。

 

「ヤンメ55」は栗田艦隊から見て、

北の方向にかなり遠方で、約500km

「ヤル1カ」はそれの更に北方で、約560kmでした。

 

栗田艦隊と最も近距離なのは「ヤキ1カ」で、

レイテ突入を中止、反転して、そちらへ向かうことを決断します。

しかし、目標とした敵艦隊は居なかったのでした。

 

ヤル1カと栗田艦隊 - Togetter

に拠りますと、「ヤル1カ」には確かに米機動部隊

(第38任務部隊 =Task Force 38)

が存在していたといいます。

そして、「ヤル1カ」電のモールス信号の受信時に、

「ヤキ1カ」と取り違えたのではないか、

(ちょうどサマール沖海戦の真っ最中で、騒音と振動が猛烈であった為)

という説を紹介されていますが、大いにあり得る事だと思います。

 

一方、「ヤキ1カ」「ノキ5ソ」については、

友軍偵察機が栗田艦隊を米艦隊と見間違えたのではないか、

という説が有力です。

現実に、栗田艦隊は日本軍機から攻撃を受け、

あわてて日章旗を掲げたということもあったとのこと。

 

いったいモールス信号の誤通信、また偵察機の誤認、

というようなことが起きる頻度は、どの程度のものだったか気になります。

 

レイテ沖海戦は終戦1年前のことですから、

このとき、既に日本軍は、

多くの熟練のパイロット・兵士を失っていたのは事実。

 

なお、私が今回初めて知ったことを。

当時の電信ですが、一旦、中継基地へ送られていたのだそうです。

ですから、60分乃至それ以上のタイムラグが生じるのは、

全く普通のことであり、

このような通信環境は日米双方に共通であったと。

 

小学生ですらスマホを持っている現在からは、

想像が出来ない状況でありました。      (つづく)

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2023年12月31日 (日)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(39)~~~~~~~~~ 「戦艦『大和』反転の真相」深井俊之助氏(その5)

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Amazon 戦艦「大和」反転の真相

 

(前回よりのつづきです)

 

「ヤキ1カ電」についての深井氏の説は、

確かに理論的・原則的にはそのとおりなのですが、

現実問題として、それぞれに、

“いや、必ずしもそうとばかりは言えないのだ”

といった反証が、Wikipediaには書かれています。

 

「『理論』と『実務』は違うのだ」ということですね。

 

特に、この場合の「実務」は、(イヤな言葉ですが)

極限状態=“命のやり取り”をしている「戦場」にあるのです。

当時、栗田艦隊は数度にわたる空襲を受け、

「大和」のみならず全ての艦艇が混乱の極にありました。

言うまでもなく「大和」は、当時最高の装備、機器を備えていましたが、

米機による攻撃で、通信設備は甚大な被害を生じていたというのです。

 

「ヤキ1カ」の地点ではないのですが、

その周辺の海域に米機動部隊発見、

という電報は、5種類ほど存在するらしいのです。

また、「大和」は受電していないものの、

他艦では受信出来ていた電信もあるといいます。

 

Wikipediaを読んでいきますと、

“うーむ、深井氏の結論に揺らぎが----

私は、そんな思いに傾いていきました。

 

また、深井氏は本書中に、「栗田艦隊反転」当時に

「大和」指令室内で深井氏たちが上官たちと交わした会話や、

艦橋内の人員の配置図も再現しておられますが、

Wikipediaには、“いや、そのような会話は無かった”

という証言もあります。

 

“一体、何が真実なのだろう?”

 

深井氏と共に参謀達に抗議を行ったとされる2人は

共に戦死されました。

 

「大和」航海長の津田弘明(ひろあき)大佐は、

同じ空間にいました。

氏は戦後もご存命で、深井氏が岡山に居た頃、

会って何度も話されたといいます。

津田氏は「あれは行けばよかったな」(=レイテ湾に突入すべきだった)

と洩らしておられたと、深井氏は書かれています。

残念ながら、津田氏は身体が丈夫ではなく、

若くして亡くなられたそうです。

 

また、当時、乗員の尊敬を一身に集めていたといわれる、

「大和」艦長の森下信衛(のぶえ)大佐も、

やはり、現場に居合わせていました。

戦後のある時期に、深井氏は、

彼と会う約束をされたのですが、たまたま、そのときに

森下氏が体調を崩されてしまい、面談は実現せず、

その後ついに、氏は他界されてしまいました。

 

なにしろ80年前の出来事、

新しい事実はもう、出て来ないかもしれませんね。----

 

本書を読了して、深井氏の記憶力、頭脳の明晰さには感服しました。

なにしろ、今でもiPadやスマートウオッチを使いこなしておられる、

というのですから、“ITオンチ”の私なんぞは、

足元にも及びません。

 

しかし、初めて読んだとき、違和感を覚えたのが1か所ありました。

捷一号作戦時、“おとり”を務めた小澤艦隊の司令官、

小澤治三郎(じさぶろう)中将から

短刀を贈られた、というくだりです。

 

~~~~~~~~~~~

S19.10.18から数日前のことだったと思う。

その際、士官室に集められ森下艦長から手渡されたはずだ。

~~~~~~~~~~~(P.223

 

文末の「はずだ」。

こんな曖昧な書き方をされているのは、

本書中で、この箇所だけです。

Wikipediaで、某氏の以下の記述が紹介されていまして、

その理由が判明しました。

 

~~~~~~~~~~~

「大和」は捷号作戦が作成された時点で既に外地にいて、

内地にいた小沢中将と深井が合い(ママ)、

軍刀をもらうことなど出来ない

~~~~~~~~~~~

 

この某氏の反論を受けて、深井氏はTV・講演で話していた内容を

書籍化の際に、修正されたということのようです。

 

Wikipediaだけではわかりませんが、この某氏の議論は、

“そもそも、深井氏は指令室には現れなかった”

ということかもしれないと考えました。

 

それはそうと、Wikipediaの記述に、

~~~~~~~~~~~

(某氏は)「最近大和の元高級将校と自称する人物」

と遠回しに深井を名指し

~~~~~~~~~~~

というくだりを読むと、彼にちょっとした「悪意」を感じます。

 

 

これはあくまで一般論として、ですが、

人間の記憶なんて、実にアテにならないものです。

そんなことを、

このたび、レイテ湾海戦について考えてみて痛感しました。

 

敗戦時、軍関係者は機密資料を一斉に焼却処分しました。

 

でも、平時の現在は、公文書は日本国の貴重な歴史史料として、

国民全体の共有財産なのですから、

大事に扱わなければいけない。

然るに、現政権は公文書を

改ざん、破棄、あるいは、最初から作成しない、

という目茶苦茶なことを堂々とやっている。

これだけでも、現政権の不信任に足る十分な事由です。

                       (つづく)

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2023年11月30日 (木)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(38)~~~~~~~~~ 「戦艦『大和』反転の真相」深井俊之助氏(その4)

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Amazon 戦艦「大和」反転の真相

(前回よりのつづきです)

 

栗田艦隊は、なぜレイテ湾に向かわずに、反転してしまったのか。

戦後、深井氏はこの件について、独自に調査を積み重ねてこられたようです。

そして、本書での結論は、

 

「『大和』司令部に乗艦していた

作戦参謀:大谷藤之助(とうのすけ)中佐が電報をねつ造した」

 

ということでした。

その電報とは?

所謂、「ヤキ1カ電」といわれる電報です。

 

Wikipediaで当該電文を調べてみますと、

0945スルアン灯台5113浬ヤキ1カ機動部隊アリ」

と、あります。

 

一方、本書の深井氏による記述によると、

「敵 大部隊見ゆ ヤキ一カ 〇九四五」(P201)

また、

「栗田艦隊の北90キロメートルに敵大部隊あり、

地点ヤキ一カ、〇九四五」(P188

とも紹介されています。

 

3種類も見ると戸惑ってしまいます)

 

電報のフォーマットをネット検索してみました。

深井氏が漢数字を用いておられますので、

おそら戦闘日誌等と同じく、縦書きなのだろう、と思っていましたが、

どうやら、その通りで、

「軍用電報送達紙」という印刷用紙が使用されていたらしい。

 

右端にタテ長に受信人・発信人の欄があり、

上部に発所、着所・受信手、及びそれぞれの月日・時刻・所在地の欄が

あります。(他にも欄がありますが判読不能でした)

残りの空白部分に電文を記入する、といったフォームでした。

なお、通信手段としては、モールス信号が使われていたようです。

 

さて、数字の「0945」は時刻、「ヤキ1カ」は位置を表す記号です。

「ヤ」が横軸、「キ」が縦軸で「1カ」は更に

その該当した“マス目”を、更に16分割して、

その内の1部分を特定しています。

 

電報に書かれた位置の米艦隊と戦うために、

レイテ湾とは反対方向に舵を切った、ということですね。

 

深井氏が、その「ヤキ1カ電」をねつ造であると断じた理由は

次の3点。

 

*************************

  1. 優秀な「大和」の通信機器・通信班では受信していない。
  2. 通信要員が一部しかいない栗田艦隊の通信班が受信したと。

  (出発して早々に旗艦「愛宕」が沈められたため、栗田艦隊司令部は「大和」に移乗していました)

  1. 発信者も受信者も記されていない電報など存在し得るか。

*************************

 

上記の深井氏の結論は、私には「初見」でありましたが、

“レイテ湾海戦について、現場の兵士による

こんな明白な説が展開されているのだから、

この本は、さぞ大ベストセラーになったのかな“と思いましたが、

どうだったのでしょう。

(小生、新聞・TVはこのところ御無沙汰していますので、

世間の情勢には疎いものでして)

 

とにかく、レイテ沖海戦 - Wikipedia

をチェックすることにしました。

 

*************************

ちょっと横道にそれますが、

私はWikipedia100%正確であるとは思っていません。

でも、参考に資するには重宝なことが多いです。

 

あと、特記しておくべきことがひとつ有りますので。

 

日本語版ウィキペディアの歴史修正主義」という問題ですね。

この件、数年前からあったのですが、

たぶん―今も存在していると思っています。

具体的には、先の大戦に関した項目で頻出しており、

例えば、「731部隊」とか、所謂「慰安婦」ですとか「南京事件」等々。

 

ごく最近々の事案では、松野官房長官の、

関東大震災時の朝鮮人殺戮に関し、

「政府内に事実関係を確認できる記録が見当たらない」という発言。

→関東大震災時の朝鮮人虐殺 「記録なし」松野官房長官:東京新聞

 

「日本語版ウィキペディアの歴史修正主義」が、

「今も存在している」と想像している理由は、

先日の「Dappi事件に関する判決」があります。

デマ拡散『Dappi』 首相は調査を否定 中日スポーツ

この「Dappi」には自民党が深く関与していると考えるのが妥当。

 

つまり、「現在の自公政権は歴史修正に躍起になっている」。

「日本語版ウィキペディアの歴史修正主義」も、

Dappi」に倣ってでしょうか、

組織的に歴史修正主義勢力が動いている可能性が高い。

*************************

 

レイテ沖海戦 - Wikipediaの分量は、大変なものです。

正直、全文を読んでいませんが、

深井氏の説についても、記述がありました。

 

ここで私が判ったことは、本書の刊行を待つまでもなく、

以前から、つまり、終戦直後から

「『ヤキ1カ電』ニセ物説」は存在していたらしいですね。

                                (つづく)

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2023年10月30日 (月)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(37)~~~~~~~~~ 「戦艦『大和』反転の真相」深井俊之助氏(その3)

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Amazon 戦艦「大和」反転の真相

8月の記事のつづきです)

ガザ地区で、イスラエルが戦争を始めてしまいました。

イスラエルは、イランと開戦するかも、と思っていましたが、

いずれにせよ、大規模な戦争になりそうです。

しかも、ウクライナ戦争と同じく、全く先が見えません。

“こんな時に、「レイテ沖海戦」どころか”

と自分でも思ってはいるのです。

人間はこのような蛮行・愚行をいつまで続けるのでしょうか…

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

レイテ沖海戦の作戦目的は、

フィリピンの日本軍基地を守り抜くこと。

作戦名は「捷(しょう)一号作戦」と呼ばれていました。

「一号」と言うからには、「二号」以下も有りまして、

連合軍が攻め込んでくる日本の地域によって、

「四号」までが想定されていたとのこと。

これは、本書によって初めて知りました。

 

ちなみに【捷】という漢字は、「敏捷」の「捷」で、

「早い」という意味の他に、

同じ音読みの【勝】と同じく、「勝つ」という意味があります。

 

さて大本営は海軍の総力を結集して、

本作戦に投入します。

と言いましても、1944年といえば戦争末期、

艦艇数も、航空機の数もかなり少なくなっていました。

4つの艦隊が編成されまして、

内訳は、本書によれば、

 

栗田艦隊 32

西村艦隊 7

志摩艦隊 7

小澤艦隊 17

 

小澤艦隊は空母4隻を擁し、

空母に搭載された航空機は108機。

他に、フィリピン基地の航空機が150-200機。

 

艦艇数に関しては、若干の異説もあるようですが、

いずれにせよ、当時の海軍の残存戦力を、

全てかき集めたものです。

1941年の開戦時の威容と比べると、なんとも寂しい兵力なのですね。

 

米軍側の兵力については、深井氏の記述はありません。

他の本(注1)を見ますと、

「戦艦12、空母35,巡洋艦26、駆逐艦141」とありました。

214隻、単純な数量比較で日本軍の3倍強。

航空兵力も、やはり少なくとも約3倍は有していたはず。

 

但し、このような数字の列挙のその前に………

あのレイテ沖海戦の時点で、

日本の制空権はほぼ皆無でしたし、

即ちそのことは、米潜水艦の自由な活動を保障しますから、

制海権も、米軍が圧倒していました。

(現実に、栗田艦隊は出撃直後に潜水艦の攻撃を受け、

旗艦を含めた重巡洋艦3隻を失っています)

 

制空権・制海権共に奪われていた状態で、

戦力も圧倒的に米軍側が優勢。

この現実を最初に、認識しておく必要があります。

 

 

さて、“カギ”は、4隻の空母を擁した小澤艦隊です。

実は、この艦隊の任務は“おとり”でした。

自身を犠牲にして、レイテ島付近から米空母部隊をおびき出し、

栗田・西村・志摩艦隊のレイテ湾への進入を成功せしめる、

という計画なのです。

ただし、「空母4隻」といっても、

正規空母は1隻のみ、あとは改造空母。

御存じのように、1942年のミッドウェー海戦において、

日本海軍は正規空母4隻を一度に失っていました。

 

“おとり”を使ってレイテ湾を急襲する、とは

なんとも情けない窮余の一策----

いや、「作戦」とも呼べない無謀なものですが、

そこまで大本営は追い詰められていた、ということです。

 

ところで現実には、米軍はこの“おとり”作戦に引っ掛かってしまいます。

 

さァ、主力の栗田艦隊が突入する番・・・と思いきや、

艦隊はレイテ湾へ向かわずに、違う方向に進んでいきます。

これが世にいう、「栗田ターン」「栗田艦隊 謎の反転」なのでした。

                                    (つづく)

 

(注1)「日本の戦争解剖図鑑」(2016年:(株)エクスナレッジ刊)より

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2023年8月31日 (木)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(36)~~~~~~~~~ 「戦艦『大和』反転の真相」深井俊之助氏(その2)

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Amazon 戦艦「大和」反転の真相

(前回よりのつづきです)

 

前の記事の写真では、ちょっと大きめにしてみたのですが、

それでも「大和」の両舷の副砲は見えにくかったですね。

 

著者の深井俊之助氏は、もともと第一高等学校への

進学が第一志望だったとのことです。

第一高等学校というと、東京帝国大学の予科に相当しますから、

元来、氏は“学問肌”だったのかもしれません。

しかし、人間の運命とはわからぬもので、軽い気持ちで受験した

海軍兵学校(こちらも“狭き門”だったそうです)

の入試に合格してしまいます。

 

最終試験の面接試験官が伊藤整一中佐でした。

 

卒業後、氏は駆逐艦、軽巡洋艦、巡洋戦艦(=高速戦艦)の

各艦の乗務を経て、

1944年3月に、戦艦「大和」の副砲長としての着任を命じられます。

 

本書の前半は、深井氏が「大和」へ乗艦するまでの経緯が書かれています。

レイテ沖海戦の勃発は同年10月のことですから、

いよいよこの本の眼目、いわゆる「栗田ターン」、

すなわち「栗田艦隊謎の反転」の真相が書かれているのですが、

もうひとつ、深井氏が戦後初めて明らかにされた事件がありました。

 

この事件と、「栗田艦隊謎の反転」に共通するキーワードが

「命令違反?」です。

 

開戦以来、連戦連勝を続けてきた日本軍は、

ミッドウェー海戦(19426月)で大敗北を喫します。

そして同年8月、ガダルカナル島攻防戦が始まります。

(翌年2月まで続きました)

 

7月初めより、ガダルカナル島(以下、「ガ島」)の設営隊員2700名が、

マラリアと赤痢に悩まされつつ、

ジャングルを切り開いて滑走路を完成させました。

深井氏は時系列に従って記述されています。

 

*************************

8/4 ガ島設営部よりラバウル司令部へ、

   「滑走路完成 諸般の事情から考え、すみやかに

   戦闘機の進出を必要と認む」との電報を、深井氏が傍受。

(当時、氏は付近で駆逐艦「初雪」にて作戦任務にあたっていた)

8/5 ラバウル司令部は、零戦12機をガ島に進出せしめる。

8/6 零戦隊々長(深井氏は、あえて実名を記されていません)は、

「現在の居住施設はあまりに粗悪、隊は任務を全うすることは困難、

施設が完備するまでラバウルにて待機する」との電報を発信、

   同日、ラバウルへ帰投。

8/7 早暁、ツラギ島(ガ島の北側)、米軍の砲撃・上陸を受け全滅、

    610ツラギ守備隊、最後の電報を発信。

    「われ最後の一兵まで死守す、武運長久を祈る」

*************************

 

これが長きに亙る、ガダルカナル島攻防戦の始まりでした。

当然、著者はこの事件について憤慨されています。

*************************

「寝場所がよくない」というだけで

900km後方のラバウルに引き揚げたことは、重大な命令違反、

我々「初雪」乗員らも、その勝手な振る舞いに

「飛行機乗りは何をやっているんだ」と憤懣やるかたない思いであった。

*************************

 

この事案、戦争の帰趨が決定していたレイテ沖海戦の頃とは異なり、

1942年のことでしたから、

この“ラバウル零戦隊の反転”は、ある意味、

「栗田艦隊謎の反転」以上の重大事件かもしれません。

 

著者はそんなに多くの頁を割いてはおられませんが、

この件も、深井氏が今回初めて明らかにされたとのことです。

 

歴史に“If”を言い出すとキリがないのですが、

もし、あの時零戦隊がガ島にとどまっていたならば、

戦況は大きく変わっていた可能性があります。

私の想像ですが、これは当時、ラバウル司令部を

慢心・楽観気分が支配していた表れなのでしょう。

 

そういえば、1942年といえば、

零戦にとって“難敵”となったグラマンF6FF4Fの後継機)が

まだ実戦投入されていない時期だったかもしれません。

                             (つづく)

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2023年7月30日 (日)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(35)~~~~~~~~~ 「戦艦『大和』反転の真相」深井俊之助氏(その1)

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Amazon 戦艦「大和」反転の真相

この本の副題は「海軍士官104歳が語る戦争」、

宝島新書より20187月の発行ですから、わりと新しい本です。

(単行本は2016年発行)

 

6月24日、プリゴジン氏の率いる軍事組織「ワグネル」が、

モスクワへの進軍を、「反転」ではなく、突然に中止しました。

もしも、ロシア国内で内乱が発生したならば、

それが、ウクライナ戦争の停戦の契機になるかも、

と勝手に想像していましたが、シナリオは別の方向に進んでいきました。

 

プリゴジン氏に何が起きたのか、

まだよく分からないのが現状ですが、

このたびのことで、

元軍国少年の私が思い出したことがあります。

 

それは本書の題名のとおり、

第二次世界大戦の「レイテ沖海戦」(1944年)における

「栗田艦隊 謎の反転」でした。

 

その前にそもそも、レイテ沖海戦とはなんぞや、

ということなので、簡単な説明を。

 

第二次大戦末期の194410月、フィリピンを奪回せんと攻め込んできた

連合軍の進攻を阻むために、

日本海軍が一大作戦を企図したのです。

その目的はレイテ島(ルソン島から見て南東部にあります)への

米軍上陸阻止。

 

しかし、なぜかレイテ湾を目前にした、

「大和」を旗艦とする栗田艦隊は、進入せずに反転してしまいます。

この事件が、今次大戦の最大の謎でした。

 

偶然、図書館の書架で見かけたのが本書。

まず、目を引いたのが表紙の戦艦「大和」の写真です。

これは、有名な写真で、

(といっても、「大和」の写真は数多く残っていません)

モノクロでは見慣れていましたが、

ここでは着色補正が施されています。

 

撮影月日は判明していて、19411020日、

高知県宿毛湾沖で、完成時に行われた公試運転中のもの。

最高速度は、27.46ノット、つまり50.9km/時を計測しました。

 

実は、従来の白黒写真では気づきませんでしたが、

煙突とマストの中間の下方にも、

副砲の砲身が見てとれます。

大和・武蔵の世界最大の、直径46cm主砲は有名ですが、

15.5cm副砲は、前後に各1基と、

写真のように左右にも各1基が配置されていました。

PC画面上で見えるかどうかは微妙)

 

しかし1944年、

ということは、レイテ沖海戦の直前に

航空機による攻撃に対抗する改装工事として、

左右の副砲は撤去され、対空兵器が増設されました。

ですから、(私の知る限りですが)

「大和・武蔵」の市販の模型キットは、

改装後の外観が採用されています。

 

…………………………

2019年のこと、

『アルキメデスの大戦』という映画が、公開されました。

大和型戦艦の建造をめぐってのストーリーですが、

劇中、艦の計画段階に、出てきた模型が、

(当然ながら)副砲を4基備えていまして、

あらためて“へぇー、これが最初のビジュアルなんだね”

と思ったものです。

 

この映画の原作は三田紀房氏の漫画だそうです。

そのオリジナルは存じませんが、

映画のほうは、“失敗作だな”というのが私の感想。

「数学で戦争を止めようとした男がいた」

という広告のコピーに惹かれて観たのですが、

現実に「大和」は完成してしまったし、

戦争も実際に起きてしまいました----

では、“なぜ、そうなったのか”

この点の掘り下げがなされていなかった、と思いました。

 

映画の骨格にも私は不満がいっぱいで、

やはり、普通にオープニングとエンディングのCG映像は

入れ替えたほうがよかったのではないでしょうか。

…………………………

話が脱線しましたが、

なぜ「大和」の副砲にこだわっているかといえば、

本書の著者の深井俊之助(ふかい・としのすけ氏は

レイテ沖海戦時、

「大和」の副砲長を務めておられたのです。       (つづく)

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2023年6月30日 (金)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(34)~~~~~~~~~ 『十五歳の戦争』西村京太郎氏

Img_20230626_115021『十五歳の戦争』https://amzn.to/3PAf5Zs

 

2022年3月、ミステリー作家の西村京太郎氏が他界されました。

今回は、集英社新書シリーズから、

西村京太郎氏の『十五歳の戦争』を取り上げてみます。

この本の副題は「陸軍幼年学校『最後の生徒』」、

小説ではなく、氏の人生を綴ったもので、2017年の刊行。

氏は、1930年生ですから、

なるほど、このようなご経験をお持ちだったのですね。

表紙カバーの見返しに書かれている文から。

 

~~~~~~~~~

昭和2041日、少年:西村京太郎は、

エリート将校養成機関「東京陸軍幼年学校」に入学した。

8月15日の敗戦までの、短くも濃密な四か月半。

「天皇の軍隊」の実像に戸惑い、同級生の遺体を燃やしながら

死生観を培い、「本土決戦で楯となれ」という命令に覚悟を決めた―

~~~~~~~~~

 

戦中~戦後の時代、

作家としてご成功されるまでの自叙伝であります。

そして、昭和史に興味を持つ私は、

やはり、「あの戦争」についての、西村氏の想いに注目してみました。

 

氏は、本書の中で、

「なぜ、日本はあのような無謀な戦争を始めてしまったのか」

という疑問には正面から答えられてはいません。

 

ただし、「日本人が戦争(現代戦)に向かない理由」として、

7つの項目を挙げておられました。

その内、私が、特に気になった4つの事項を紹介します。

~~~~~~~~~

1.   国内戦と国際戦の違いがわからない。

4. 日本人は、権力に弱く、戦争を叫ぶ権力者の声に従ってしまう。

6. 日本人の場合、社会の前に世間があって、その世間に屈して、社会的行動を取れない。

7. 日本人が、一番恐れるのは「臆病者」とか「卑怯者」といわれることである。

   だからそのようにいわれるのを恐れて、戦争に賛成した。

~~~~~~~~~

 

  1. は、「国際感覚」のことだろうと考えました。

戦後80年になろうとしている現在、このことに関しては、

まだまだ遅れていると思っていますし、また、

それは「日本人の英語力」についても関連することであります。

魔女は眠らない、聖女は眠れない(30)

 

6. 最も注目したのが、これです。「社会」と「世間」。

この二つの語の定義付けから始めないと、

議論が進みませんが、著者による説明はありません。

そこで、私たち読者が考えないといけないのですが。

 

「社会」と「世間」-----

私的には、「理想」と「現実」、あるいは、

「大情況」と「小情況」、「理知」と「感情」ですとか、

そんな風な理解をしているのですけどね…

 

自分なりの例を挙げますと、

最近、話題のジャニーズ事務所の性加害事件。

でも、こんなことは、既に1988年、

男性アイドルグループ、フォーリーブスの一員だった、

北公次氏が公表しておられた事で、

“いまさら”の感のほうが強いのですが、

この事案に関して、

ジャニーズ事務所の現役タレントの

会見とか証言は無いですよね。……

 

西村氏のおっしゃる「社会的行動」とは、そういうことではないか。

そんなことを想像しつつ、読んでいました。

ジャニーズ事務所に対し、発言を控えるタレント、

なかなか報道さえもしなかった国内のメディア、

それを思うと、

日本が戦争へと突き進んでいった「あの時代」との

相似性が見えてくるのではないか。

 

ロシアがウクライナ侵略を開始して、

1年4か月が経ちました。

無理からぬことでもありますが、今まさに、我が国は

“戦時ムード”が立ち込めているように思えます。

 

岸田首相は、もう少しマトモな人物だと思っていましたが、

安倍・菅より酷い、ということがはっきりしました。

 

 

あとひとつ、西村京太郎氏は、

「日本は戦争の中立国になるべし」という

ユニークな論を綴っておられます。

当然ですが、「中立」というからには、

「戦争はしない」ということに他なりません。

 

~~~~~~~~~

戦争に向かない日本こそ、

その役をやれると、私は確信する。

アジアの、或いは世界のスイスになるのだ

~~~~~~~~~

 

上記のように、氏は第二次世界大戦のスイスを

例に示しておられます。

スイスは、ナチス・ドイツと連合国側を天秤にかけつつ、

外交を進めて自国の安全を保った、と書いておられました。

 

言い換えると、“二股膏薬的外交”の成果であり、

スイスが戦火に巻き込まれなかった因は、

決して、国民皆兵制の軍事力ではなかった、というのです。

(詳細は本書をお読みください)

たしかに、こういうところに

日本の進むべき道のヒントがありそうですね。

 

広島でのG7サミットを思い出してください。

現在の核兵器均衡の状況を追認しながら、

我が国の立場は西欧諸国の側にベッタリの方向を一層明確にし、

あらためて中国・ロシアとの対峙姿勢を打ち出しました。

 

が、日本は欧米とは異なり、

中露とは文字通りの、国境を接する隣国なのです。

これは、危険な“賭け”のような方針であると感じています。

その危険が、現実にならなければよいのですが…

 

被爆地:広島を、その「舞台背景」として

“利用”しただけの今回のサミットは、

見るべきものが全く乏しい“から騒ぎ”でした。

(勿論、私はロシアのウクライナ侵略にも、

習主席が進めている中華帝国主義にも反対です)

 

西村京太郎氏の提唱された

「日本は戦争の中立国になれ」は、

至極うなずける議論ですが…

 

安倍前首相はプーチン大統領と27回もの会談を重ねたのに、

また、「日本は、ミャンマーとは独自のパイプがある」とか、

言われていたにもかかわらず、外交成果は「ゼロ」でした。

課題は、日本の外交力・国際感覚だと思います。

 

たしかに「中立国」なんて

“絵に描いた餅”のようなハナシ、かもしれませんが、

岸田首相のように「米国追随一択」では、

大きな過ちに日本国民が巻き込まれかねません。

西村京太郎氏のような視点を、常に忘れずにいることが肝要です。

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2023年5月31日 (水)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(33)~~~~~~~~~ 『これから生きるあなたに伝えたいこと』

昨今のこの国の状況は目に余るものがある。

 

マイナカードのトラブル続発は、

あきれてモノが言えないほどで、

外国から見れば、まったくもって物笑いの種であろう。

 

そういえば、コロナウイルス追跡アプリの

COCOA」も、目茶苦茶なものだった。

我が国のIT技術は、これほどまでに酷いものだったのか。

 

「日本はG7議長国でござい」なんて言えるハナシではない。

全国民の顔に泥を塗ったようなものであり、

そのことを関係省庁はわかっているのだろうか。

 

昨日の岸田首相の長男:翔太郎秘書官の更迭に関しては、

あまりに遅すぎる処置で、

これまた物笑いでしかない。

(ついでに言えば、先般の岸田首相夫人の訪米にも、

問題があると思う)

 

「政治の私物化」と「利益誘導」は

安倍政権時も顕著だったが、

岸田内閣もそれに輪をかけている。

 

「異次元の少子化対策」にしても、

実際は、税または社会保険料の引き上げが財源なのだから、

“異次元”どころか、つまるところ国民への負担増であり、

“対策”なんてモノではない。

むしろ、逆である。

 

国民を舐めきっている。

逮捕されたあの“ルフィ”以上の、「詐欺国家」である。

 

秘書官の更迭以前は、夏~秋の総選挙が予想されていた。

この失態で、解散の確率は小さくなったと見るむきもあるが、

次期自民党総裁選を睨む岸田首相は、

今秋までに解散を実施するのでは、と私は思っている。

 

とまれ、選挙はいずれ行われるが、

今度こそ、自公政権-----

 

いや、公明党は連立政権を離脱するかもしれないが、

仮に野党に転じたとしても、自民党と組んで

これまで加担してきた悪政の数々は、とても許せない。

 

自公、そして維新・国民民主の候補者には決して、

票を入れないこと。

 

しょせん、自民党は“統一教会の手先”に他ならない。

岸田首相のこれまでの行動を見れば明らか。

世論とマスコミが、忘れるのを待っているだけである。

 

それにして、岸田内閣の支持率は落ちませんなぁ---

 

◇◇ゴマメの歯ぎしり。

美輪明宏・瀬戸内寂聴両氏の対談本がありました。

これから生きるあなたに伝えたいことAmazon

 

その中で、美輪明宏氏の言葉に以下のようなものが。

~~~~~~~~~~~~

政治家が悪いというのは事実ですが、

一番の責任は選挙民です。

危険な思想の政治家を選んで、支持しているわけですから。

~~~~~~~~~~~~第3章「戦争」より

 

「政治の劣化」が叫ばれてひさしい。

ただそれは、とりもなおさず、

「国民の劣化」でもあります。

また、NHKはじめ、既存メディアの劣化も進んでいます。

 

大手新聞、NHKの報道姿勢は、

「政権の代弁者」と同一ではないか、と思える時がままある。

私たちは、自分のアタマで、じっくり考えることが必要です。

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2023年4月30日 (日)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(32)~~~~~~~~~本日、八つ当たり。

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◇◇ゴマメの歯ぎしり。

 

4/28、久々に新聞を買ってみました。

1面の見出しが「入管法改正案が衆院委可決」とのこと。

この法案、国際的にも批判を浴びているのですが、

2年前に、この法案が初めて提出されたとき、

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が

『非常に重大な懸念』という旨の

見解を示していました、もちろん今回も)

自公政権はそんなこと、お構いなしらしい。

 

昨年12月の拙ブログより。

中津燎子氏が、我が国を覆い尽くす「無責任体制」を

痛烈に批判なさっています。

その“ベスト10”の内の4番目がこちら。

~~~~~~~~~~

日本の難民・移民受け入れ体制全般の非人間的扱い方と、

入国管理局職員の排他的無責任

~~~~~~~~~~

20年前の中津氏のご指摘です。

 

私も約半世紀前くらいに、「入管問題」があったと記憶していますので、

魔女は眠らない、聖女は眠れない(29)SAPPARI WAYA

この問題の本当の発端は、さらに過去へと遡るはずです。

 

言うまでもなく、「人権」は民主主義の「イロハ」です。

これでも、「日本はG7議長国でございます」などと

うそぶくつもりなのでしょうか。

 

 

とまあ、血圧を大いに上げながら、新聞を読みましたが、

ロクなニュースがない(苦笑)。

社説は「12テーマ」になって

ずいぶんと年月が経つと思いますが、

(そもそもなぜそうなったんだろ?)

いつものことながら、実にくだらん、レベルの低い、

中学生並みの(って書けば中学生から抗議が来るかも)内容です。

そのせいかな?社説には署名が無いですね。

(そりゃぁ、恥ずかしくて名前など出せないでしょ)

 

悪口はこれくらいにして、

ラテ欄を見ますと、週間の視聴率ランキング(関西地区)

がのっていました。

TVはほとんど見ないのですが

1位は、MBSドラマ「ラストマン・全盲の捜査官」が15.5%

NHK朝ドラ「らんまん」は3位の13.6%。(へぇー---、あれが)

数少ない私が見るTV番組、MBS「サンデーモーニング」は、

10.8%で10位、案外数字は高いのですね---

 

ちなみに、多くの出演者は、

“奥歯にものの挟まったような言い方”をなさいますので、

言語明瞭・意味不明瞭、なんてことがよくあります。

今の時代、“SNSで炎上”ということを恐れて、ということでしょうか---

 

ところで、

「サンモニ」同様、日曜日、楽しみにしていたラジオの番組が

2つもなくなりました。

東京FMの「メロディアス・ライブラリー」と、

NHK-FMの「トーキング ウィズ 松尾堂」。

奇しくも、共に16年続いた長寿番組。

 

前者は作家の小川洋子氏、

後者は俳優・タレントの松尾貴史氏が

MCをつとめておられました。

 

どちらも「本」をメインのテーマに据えた、

(松尾氏のは少しひねったアプローチで)

実に楽しい番組でしたけどね。

 

お気に入りの番組はなくなるし、

たまに新聞を開くと気が滅入るし、

どうしようもありません(苦笑)。

 

もう疲れてきたのでやめよっか。。。

大体、今月ブログ更新はしない予定でしたが、

せっかくですので、今回はこんなところでアップします。

(人のことは言えない、本日は全く内容が無い)(爆)

 

PS: 番組HPURLを貼っておきます、あと数か月は閲覧可能???

Melodious Library【メロディアス ライブラリー】- TOKYO FM - 小川洋子,藤丸由華 - (tfm.co.jp)

トーキング ウィズ 松尾堂 - NHK

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2023年3月27日 (月)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(32)~~~~熊谷達也氏の『調律師』

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Amazon=『調律師』

 

*ゴマメの歯ぎしり。

この311日、あの東日本大震災から12年経ちました。

 

(引用開始)~~~~~~~~~~~~

第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、

私たちの若い文化力の敗北であった。

私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、

単なるあだ花に過ぎなかったかを、

私たちは身を以って体験し痛感した。(後略)

~~~~~~~~~~~~~~(引用終了)

 

拙ブログでは過去にも引用したことのある文章です。

日付は194953日、

題名は「角川文庫発刊に際して」、その冒頭部分。

筆者は角川源義氏(角川書店創業者)です。

 

3.11」にあたって、いま日本民族に問われているのは、この

「文化力」だと思います。

ただ、軍事力や経済力は目に見えたり、

また数字で表すことが可能であることに対し、

「文化力」はいかにも抽象的なのですが-----

 

私が考える一例は、前回書いた日本人の英語力、

直近の例でいえば、ガーシー元議員の件。

 

まず責められるべきはガーシー氏ではありますが、

そもそも彼を当選させた有権者にも非が有ります。

(私も含めた)所謂、有権者の“民度”ですね。

かつ、NHK党(名前がまた変わりましたが)の体質にも

根本的な問題があります。

「この国では民主主義がいまだに根付いていない」

残念ながらそれが現実。

 

更にいえば、世界的基準での報道の自由度ランキング、

女性の社会進出度、

入管法“改正”に見られる人権認識の無さ、

また難民受け入れ率、同性婚の可否、

教育関連予算etcetc

どれもこれも、あまりに低水準のものばかり。

 

また「3.11」に関連するならば、

このたび岸田政権は、「原発回帰」に明確に舵を切りました。

福島の事故が何ら解決していないにもかかわらず、です。

 

あの安倍元首相さえも言い出さなかった政策で、

これは、誤った選択である、と私は断言します。

3.11」を経験した私たちは、

今こそ立ち止まって考え、考えぬいて、

変えるべきところは変えていかねばなりません。

 

*「3.11」にあたり、小説『調律師』を読む。

この小説の作者は、

仙台市ご出身の直木賞作家:熊谷達也氏(1958~)。

番号は打たれていませんが、

一話完結の7つの物語によって構成されています。

 

ところで「調律」とは、楽器の音程を調整することですが、

「調律師」、といいますと、

一般に“ピアノの調律を行う人”のことを指します。

では、具体的にどんな作業をするのか、

その内容は、微に入り細に入り作者が描写されていますので、

ピアノの構造をあまり知らない私でも、

おおよその想像をしながら読み進めることができました。

 

ちょっとした“発見”としては、

いわゆる“「A」音”は440Hzに調整するものと決まっている、

と思っていましたが、

演奏者の好みで、442443Hzに設定するときもあるそうです。

(もちろん素人には、この聴き分けは不可能)

 

有難いことに、ネット時代の今は、

調律師の方による動画もいっぱい上げられています。

「百聞は一見に如かず」ですので、

具体的な作業にご興味あれば、検索してご覧になってください。

 

この小説の主人公の名は、鳴瀬玲司(なるせ・れいじ)。

彼は、20才のときにピアノの国際コンクールで優勝、

将来を嘱望された超一流の若手ピアニストでした。

が、10年前のある事件のために、

今はピアノの調律師が彼の職業になっています。

 

(引用開始)~~~~~~~~~~~~

まずは、作業しやすいように、奥さんにことわってテーブルをピアノのそばに移動させ、その上にクロスを敷いて調律道具一式を並べた。

~~~~~~~~~~~~(引用終了)(「少女のワルツ」より)

物語は、上記のように

調律師:鳴瀬の「一人称」による語りで進められていきます。

 

 

さて、「3.11」に際して、この『調律師』を選んだ理由です。

「あとがき」に書いておられるのですが、

作者がこの7つの物語のうちの、

第三話に取りかかろうとしていらっしゃったときに

東日本大震災が発生したのでした。

 

(引用開始)~~~~~~~~~~~~

 それですべてがリセットされた。元の私には戻れなくなった。

(中略)

少なくとも私は、以前と同じようには小説を書けなくなったし、書く気もない。そうでないと、小説を書くという行為に誠実でいられなくなる。

~~~~~~~~~~~~(引用終了)(「あとがき」より)

 

予定の変更は、必然だったといえます。

あれほどの大惨事が起きたのですから。

変わらなければおかしい。

政治も、社会も、日常生活においても、

さらに芸術や、文学も。

 

続けて「あとがき」を読み進めていきましょう。

 

(引用つづき)~~~~~~~~~~~~

だからこの作品は、第六話目で大きく転調している。転調せざるを得なかった。

(中略)

さらに、作品の底辺に流れるテーマをも、当初のものから違うものへと変更した。大津波という自然の力が変更を余儀なくさせた。

~~~~~~~~~~~~(引用終了)(「あとがき」より)

 

ただ、「真性音痴」を自認する私には、

どう“転調”したのかは、明確にはわかりません。()

本作の当初の構想はどんなものだったのか、

作者の熊谷氏のみが知り得るものですが、

“あるいは、主人公周辺のロマンス事情では?”とは、

私のごく平凡な想像。

 

“転調”の結果、この小説にも「3.11」の大災害が現出します。

6つ目の物語中、主人公の鳴瀬は、出張先の仙台で被災、

すんでのところで大ケガを免れて……

そのような展開で進んでいきます。

 

(余談です、鳴瀬は一夜を避難所で過ごしますが、

その様子が、阪神淡路大震災のときの私のそれを思い出しまして…

ブログにも書きました

(→1・17の記憶 阪神淡路大震災(その1): SAPPARI WAYA

 

そして……

最後の7つ目のストーリー。

ある人物が鳴瀬に語りかけるシーンが現れます。

 

「あなたと過ごした時間は、なににも代えがたい宝石みたいな時間だった。それだけで私は十分。安心して向こうへ行ける」

 

一幅の絵画を思わせるような、

悲しいまでに美しい場面で紡ぎだされた文章でした。

皆様お察しのように、言葉の主はこの世の人ではありません。

 

“どうか やすらかに―”

 

小説中のあの言葉は、東日本大震災で亡くなられた

全ての人々に捧げられた作者からの弔辞でありました…

 

ピアニストとしての道を断たれ、

更に、大地震にも遭遇した鳴瀬なのですが…

 

物語のエンディングの6行をご紹介。

(引用開始)~~~~~~~~~~~~

 現役時代のような演奏には及ぶべくもないが、そんな私の演奏でもきらきら瞳を輝かせて耳を傾ける、小さくても素敵な聴衆がいてくれるだけで私は幸福だった。そんな子どもたちと一緒に、私も心から演奏を楽しむことができた。

2行省略)

 そのピアノの音が、いまの私には、とても心地よく聴こえている。  (完)

~~~~~~~~~~~~(引用終了)(「幻想と別れのエチュード」より)

(注:“ネタバレ”の可能性有り、と判断しましたので、2行割愛しました)

 

“なんだ、ハッピーエンドとは陳腐だな”などと、おっしゃらないでください。

 

なぜなら、ここには、

作者の、被災地復興と再生への祈りが込められているから。

 

とてもいい作品です。映画化しても、面白そう。

読後の“あったかい感じ”は何物にも代えがたい。

一読をおすすめいたします。                  (終)

 

             PS:(ピンク色の文字にはリンクを貼っています)  

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