2009年11月 9日 (月)

忘れようとして(3)「これが将棋」。~大内延介九段

(前回よりつづいて、大内延介先生についてです)

後日………、

大内九段は、囲碁の林海峰九段との対談において、

次のような発言を残されています。

~~~~~

「僕が8二歩と打った時に、中原さんがすぐ同飛車と

取ってくれていれば、ああいう事件は起きなかった。

それが手洗いに立って帰ってくる何分かの間に、神の啓示というか、

僕の中に悪魔が宿ったっていうか、そうとしか考えられないですよね。

(中略)それを体験した時に、人間は運命付けられているのじゃないか

っていうような、運命みたいなのを感じますね。」

~~~(毎日コミュニケーション刊:「勝負の世界」(1987年)より 引用筆者

 

大内九段は、「運命」という言葉を使われていますが、

なぜ、このような間違った手を指されたのでしょうか。

もちろん、錯覚はプロ・アマ問わず、人間ならば避けられないものには

違いありません。

あるいは…、想像するに…

大内九段は▲4五歩以下の変化を、

相手の王様の詰み(=王様が、どこにも逃げられない状態のことです)

に至るまで、深く読み進めるあまり、

“既に、▲4五歩―△同銀―▲4四歩打の”必然の手順“を指してしまっている”

そんな錯覚に陥ったのではないでしょうか。

これは、私の想像ですが、この種の錯覚は、プロ棋士には時々ある、とも聞きます。

あまりにも深く、かつ緻密に、

(中盤の変化の多い局面では、数百手も読み進めることがある、と聞きます)

指し手を読むために生じることなのですね。

ですから、数十手~何百手も読まない(読めない)アマチュアには、

このようなことは、まず、起き得ないことであり、

その心理状態も、われわれには、なかなか想像し難い面がある。…

これも、私の仮説ですが。

~~~~~

この勝負の結末は、「引き分け」という結果に終わりました。

その後、中原名人の王様が絶体絶命の窮地を脱出、

“逃げ出し”に成功したわけです。

そして、次に行われた指し直しの勝負で、大内九段は敗退、

中原名人は、辛くも名人位の防衛を果たしました。

あの▲7一角を打つ前の局面は、

先手がほとんど勝っています。

野球に例えると、

「10対零、9回ツーアウト、ランナーなし」……

いや、10点差かどうかは、別にして、ともかく圧倒的な大差なのです。

野球ならば、逆転、もしくは同点などということは、あり得ない状況です。

しかし、将棋は別です。

僅か、一手のことで、形勢はひっくり返ってしまいます。

また、終盤戦において、“どう指しても勝ち”と思える局面が時々ありますが、

勝利につながる手は、実は、その内の一手だけ、という場合もよくあるのです。

そして、“早く勝ちたい”という気持と、“安全に勝ちたい”という

二つの相反する心理が、交錯する結果、

焦り・迷いが生じ、逆転負けを喫する…

これは、プロ・アマ問わず、将棋においては、

誰もが、幾度となく経験したはずです。

 

それにしても、なんと、将棋とは、

誘惑と、陥穽に満ちたゲームなのでしょうか。

どんなに有利、優勢な局面であっても、

つねに、“断崖絶壁”の状態にいるのだ、ということを、

自覚せねばなりません。

「勝利」へとたどり着く道は、いつも、細い道が1本残されているのみ…

ここまで書くと、「浄土の真宗」における、「念仏道」と、

なぜか、私には、重なって見えてくるような気がします。

http://bluesky1010.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_513f.html

いや、またも“ヘボ将棋”の身で、くだらぬ“寄り道”をしてしまいました。…

 

ところで、いかに、御訪問者も少なく、かように辺鄙なブログとはいえ、

当の大内九段にしてみれば、“二度と見たくもない” 将棋を

(御本人にすれば、たぶん、そうだろうと想像するのです)、

取り上げてしまったわけですが、もちろん、申し上げるまでもなく、

八段、九段といえば、プロの最高峰、A級棋士であり、

我々からすれば、神様に等しい存在です。

非難とか、そういった中傷めいた意図は、毛頭、ございません。

 

むしろ、

どんなに勝勢の局面であっても、一手間違えば、

あッというまに、敗北へと転落していく、

 

これが、将棋なのだ」 

 

ということを、あらためて、世に広く知らしめた、

これこそが、この名人戦における、最大の“眼目”であったような気がします。

 

昔、ある人に、

「囲碁と将棋って、どちらが面白いのですか?」

なんて、訊かれたことがあります。そこで、私は、

「私は囲碁については、よく、知りませんし、

今は将棋の方を、好んではいますが、比べるならば、

囲碁は宇宙、将棋は人生』、という風に例えられると思っています」

と、答えたことがあります。

 

ならば、私流に申せば、

これが、将棋なのであり、これが、人生なのだ」ということになるでしょう。

さて、不世出の大棋士、大山康晴第十五世名人の棋風は、かっては、

「表芸は矢倉、裏芸は振り飛車」(後年は、逆になりましたが)

と言われていました。

大内九段が、最近どのような将棋を指されていらっしゃるのか、

不勉強につき、存じませんが、

ぜひ、「裏芸の居飛車」でもって、いや、振り飛車でもいいのですが、

(氏の名著、「5七銀左戦法」は私の”バイブル”でした)

5七銀左戦法 @将棋 棋書ミシュラン!

今一度、棋界において”怒涛のひと暴れ”をしていただきたい。

それが、かの時代を知る、“あるオールド・ファン”の願いなのです。

                    (長文乱文妄言多謝、この稿了)

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付記:

前回ご紹介しましたURLをもう一度、ご紹介しておきます。

当該図面と解説がアップされています。

”語り継ぐために・・・

及び、“タイトル通り” 忘れようとして。

「穴熊囲い」のURLを貼るのを、ウッカリしておりました(苦笑)。

穴熊囲い - Wikipedia いい命名ですネ。

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2009年11月 8日 (日)

忘れようとして(2)~名人位は、すぐそこにあった。大内延介九段

さて、“忘れ去る前に”----前回のつづきですね、

将棋九段:大内先生についてであります。

昭和50年(1975年)の第34期名人戦、

中原誠名人に対する挑戦者は、大内延介(のぶゆき)八段(当時)。

大内八段といえば、「穴熊囲い」の“パイオニア“として、有名ですね。

大内延介 - Wikipedia

「穴熊囲い」とは、王様を、将棋盤の一番隅のマス目に移動して、

まわりを、金・銀・桂・香で囲む構えのことです。

この囲いは、私が子供の頃は、素人の“縁台将棋”用とされ、

「実戦向きにあらず」とされていたものでした。

どういう経緯でもって、

そのアマチュアの“専売特許”であった「穴熊」が、

名人戦という、“ヒノキ舞台”にまで登場するようになったかは、

今回は割愛します。

 

さて、この第34期名人戦は、両雄33敗で、最終局に決着が持ち込まれました。

私の記憶では、その間に1局、「矢倉戦」があり、大内延介八段が

勝ちを収めた将棋があったはずです。

当時、解説の升田幸三名人が、

「大内君は、こんなに矢倉を上手に指すのに、

なぜ、ホラ囲い(=穴熊囲いの別名です)ばかりやるのだろう」

というような御講評があったと記憶しています。

ところで、「矢倉」は、中原名人の得意戦法。

米長邦雄永世棋聖(元名人)の言葉を借りれば、

「矢倉は、将棋の純文学である」

ということになります。

(「なぜ矢倉戦法が、“純文学”なのか」ということですが、

これはまた、難しい問題ですね)

 

この最終局ですが、挑戦者大内八段が、

優勢、いや、勝勢で終盤に入りました。

 

図面がないと、分りづらいので、本局の解説がなされているURL

ご紹介いたします。よろしければ、ぜひ、ご参照のほどを。

変化手順にも、触れられておられますので。

”語り継ぐために・・・

 

まず、先手の大内八段は、中原誠名人の飛車の頭に▲8二歩と打ちました。

飛車が横に逃げれば、大内陣は安泰です。

ここで、中原名人は、手洗いに席を立ちます。

 

私は、前回の記事で、「棋士の作法」ということを申し上げました。

http://bluesky1010.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-d7dc.html

このとき、中原名人は、“負け”を覚悟していたと思います。

~~~~~

まず心を落ち着かせて、終局後の、名人位を失ったことについての、

記者団のインタビューに対するコメントを考えている…

~~~~~

控室の棋士、記者、また対局者の大内八段自身も、そのように想像したことでしょう。

そして、その推理は100%当たっていた、と私も思います。

さて、対局室に帰ってきた中原名人は、ゆっくりと、△8二同飛と、敵歩を取ります。

ここで、大内八段は信じられない悪手を指します。

持ち駒の中から、角を取り上げて、

 

▲7一角打!

 

このとき、大内延介八段は、手中にしていた名人位を、失うことになります。

まず、▲4五歩と突き、△同銀と取らせて、▲4四歩打…それから▲7一角と打つ。

これで、先手の勝ちでした。

もちろん、そんなことは大内八段も百も承知。

なぜなら、ずっと▲4五歩以下の変化を,

相手の王様が、完全に動けなくなるまで、

数十手にわたり、(終盤ですから、そのくらいの手数だと思うのですが)

読み切っていたからです。

もしも、…(勝負の世界に「もしも」は禁句なのですが)

中原名人が、あの時、

 

席を立たずに、ノータイムで、

大内八段の▲8二歩を、△8二同飛と取っていたならば、

必ず、大内八段は▲4五歩と指していたはずなのです。

そして、「新名人」の誕生、また、

将棋界も、将棋技術の変化・発展も、

現在とは、異なった様相を呈しているかもしれません。

………(注:タイトル・段位は対局当時のものです)

                       (この項、つづく)

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2009年10月 3日 (土)

「将棋には、『理外の理』がある」~芹澤博文九段<その1>

芹澤博文九段(1936~1987)、とおっしゃる将棋の棋士がおられました。

 

過日の山城新伍さんの訃報に接し、思い出したのですが、

芹澤さんは、その山城さんが司会をされていた、TVのバラエティー番組に、

レギュラーとして、出演なさっていたので、

覚えておられる方もいらっしゃると思います。

当時の棋士の内では、なかなかトークも機知に富んでいて、また、

番組収録時は、いつも、御令室とご一緒にスタジオ入りしておられました。

芹澤博文 - Wikipedia

棋風は、棋理に明るく、早見え・天才型、堂々たる居飛車の本格派。

デビューされたとき、“将来の名人は確実”といわれたほどの、逸材でした。

ところが、運命とは皮肉なもので、ついに、彼は名人になれませんでした。

ときに…、

芹澤九段はご存じなくても、つい先日、現役を引退された、

中原誠第十六世名人については、お名前を聞かれた方も多いと思うのですが、

このお二人、どちらも同門、つまり、高柳敏夫九段門下なのです。

そして、芹澤九段は、中原第十六世の兄弟子にあたります。

ここで……

ちょっと、申し上げますと、一般に、将棋における師匠は、

弟子に将棋の稽古はつけません。

もしも、将棋を指すとしたら、回数的には1回、あるいは2回のみ。

入門時に、実力を見るため、1回指します。

あとは、本人の努力次第。

弟子のやることは、掃除、洗濯とか、師匠の身のまわりの世話です。

何年か経って、仮に、将来的に見込みがない、と判断されれば、

「おまえは将棋指しには向かない。故郷へ帰って、次の仕事を考えろ」

となるわけです。

そこで、餞別の意味をこめて、“お別れ”の将棋を指します。

これが、2回目。

 

現在は、また状況は異なるのでしょうが、かっては、そういうものだったようです。

中原十六世にとって、幸運だったのは、前述のごとく、

兄弟子に、天才:芹澤九段が居たことでしょう。

若い頃、ずいぶんと、稽古をつけてもらったと聞きます。

もちろん、本人の素質・努力があったればこそ、なのですが、

中原十六世の将棋観の構築にとって、

芹澤九段は欠くことのできない存在であったと思うのです。

そして、中原十六世は、「将棋界の若き太陽」といわれ、

21歳にして、棋聖位に就き、

その4年後、大山康晴十五世名人より、名人位を奪取します。

その後、次々とタイトルを奪取していき、

永らく続いた“大山時代”にピリオドを打ち、

“中原時代”を築き上げてゆくことになるのです。

さて…

将棋には、「理外の理」がある

芹澤九段の言葉でした。

そこで、彼の創始した、「猪突銀戦法」をご紹介します。

 

後手番ながら、攻勢を企図し、先手に代わって将棋をリードしてゆきたい。

そのために、開発した戦法です。

しかし、攻勢を取る、というにもかかわらず、

飛車は下段に引いたまま(先手とは逆)、銀だけを最前線に繰り出していく、

という“アンバランス”な布陣。

「棋理には反しているが、これで後手が十分に戦えるはずだ」

それが、天才:芹澤九段の見解でした。

言葉では解りにくいので、図面を紹介します。

将棋を指される方は、是非、一度ご覧ください。

「H.SERIZAWA.doc」をダウンロード

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(なお、上記ファイルの引用元です。

        ↓

九段 芹沢博文の 猪突銀戦法 @将棋 棋書ミシュラン!

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2009年5月 5日 (火)

聴きました?BoAさんの歌声。~~BoAさん、全米デビューです。

おもしろい話がある。土方歳三の長兄為次郎というひとは、盲人だったために、家督を弟喜六にゆずり、自分は早くから石翠と号して隠居し、(中略)盲大尽といわれてよろこんだ世外人だったが、この石翠が沖田を少年のころから可愛がり、

 

「総司のやつの声をきくと、おらァ、物哀しくなるんだよ」

と言い言いした。

 

――物哀しい。

といってもべつに陰気な声というわけではない。どちらかといえば、ふわっとした丸味のある、明るすぎるほどの声なのだが、声に、性根のあくがなかった。無欲すぎるのである。そういう性格の感じを、盲人特有の過敏さで、そんなふうに表現をしたものであろう。

~~~~~~~(司馬遼太郎著「新選組血風録」『沖田総司の恋』より)

 

「沖田」とは、もちろん、新選組一番隊々長、沖田総司(「そうじ」と読むのが正しい。ただ、私はいまだに、「そうし」と呼ぶことが多いのですが)のこと。

剣の実力では、局長の近藤勇、副長の土方歳三もかなわなかった、という天才剣士でした。

結核に罹った彼は、幕府軍が「鳥羽伏見の戦い」で大敗した後は、江戸の植木屋の家にかくまわれますが、そこで、ひとりひっそりと、息を引きとります。

享年25歳でした。

新選組隊士で、畳の上で亡くなったのは、沖田以外には、そんなにいないかもしれません。

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さて、以前に、私は、拙ブログの

「二つの『ジュピター』。(平原綾香さんと本田美奈子.さん)」の中で

http://bluesky1010.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_4426.html

服部克久先生に“反論”(苦笑)しました。それは、こんな内容。

△▼△▼△▼△▼

昨年(=2006年)11月の本田美奈子.さんの追悼会で、服部克久先生が、

(本田さんは)歌声に悲壮感があります。亡くなられた後だからそう思うのではなく、生来、持っているものでした。そして、それはミュージカルに必要なものなのです」

いう旨のことをおっしゃっていたそうです。

全くの素人である私が、日本を代表する「大音楽家先生」に異を唱えて恐縮ですが、私はそうは思いません。

歌を聴いても、また、日常の話し声においても、美奈子さんの声質は、あくまでも、美しく、そして、「ニュートラル」=「無色透明」のように、私には聴こえます。だからこそ、あらゆるジャンルの曲を、しかも、さまざまな表現で歌うことが可能(同じ曲でさえも)だったのであろう、と考えます。

△▼△▼△▼△▼

 

だからどう、ということでもないのですが、私は、今も、自説を堅持しております(笑)。

 

では、声に悲壮感のある歌手、って誰?-----ということになると……

これは、もう、完全に個人の主観にならざるを得ないのですが、

大勢いらっしゃるとは思います。

まずは、「てんけいイチ押し」(←またか)の、

BoAさんを挙げてみます。

彼女の歌を、初めて知ったのは、TVでしたが、

曲は、たしか「AMAZING KISS」だったと思います。

しかも、私は、その時点では、BoAさんを完全に「日本人歌手」とばかり思っていました。日本語の発音も、かなりお上手でしたね。

 

先に挙げた“ダンスノリノリ”の「AMAZING KISS」、

日本で最初の大ブレイクとなった「LISTEN TO MY HEART 

または、「DOUBLE」、「VALENTI」、「QUINCY」も然り、

そして、ラブソングの「LET’S MAKE A SECRET」でさえも、

BoAさんの力強いvocal、かつ、わずかにハスキーがかった歌声、

そして、それがファルセットに変わる瞬間、なんともいえぬ聴覚的快感とともに、

どこか、哀感を覚えてしまうのです。

BoAさんの御出身は、韓国。

そう、我が国の「演歌」の源流をたどれば、そのルーツは、まさに韓国ですよね。

ひょっとして、彼女も、どこかそういった“DNA”を受け継いでいるのだろうか、

そして、私達日本人も、無意識下にそんな部分に“反応”しているのかもしれない、と思ったことがあるのですが、

どうも、私自身、BoAさんの激しいダンス・ビートの曲調、

圧倒的な彼女の歌唱力の陰に、

時折、なんともいえぬ「哀愁」を感じるのですね。

あるいは、曲自体が、「短調」系だったからかもしれません。

いずれにせよ、あくまで、個人的感想に過ぎないことで、

BoAさんのファン―いや、私もこうみえて、彼女のファンなのですが―

の方々からすれば、大いに異論もあることでしょう。

 

§BoAさん、米国進出!

“ファン”として、今頃、こんなことを書くのも、遅きに失するのでしょうが、

この3月、BoAさんが、全米デビューを果たされました。

前に、当ブログ「倖田來未さんにもエール。」の記事で、

http://bluesky1010.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_33ad.html

以下のようなことを記しました。

△▼△▼△▼△▼

ただし、アメリカのショー・ビジネスで成功する要件は、以下のごとく。(私見ですよー)

1.歌唱力が備わっていること。

2.英語の発音がちゃんとできて、歌えること。

3.Sex Appealを、しっかり表現できること。

△▼△▼△▼△▼

BoAさんなら、これらは、クリアできそうです。

これまでは、英語の発音に“アヤシい”ところもありましたが、

CDを聴いてみますと、相当、英語のレッスンも積まれたようですね。

さて、楽曲のほうは、

「こういうのが、アメリカでは、はやるの?」って感じ、

録音に約2年間かけたとのことですが、

モロ“打ち込み”ばっかり、のようにも思え、

また、全般に、彼女の高音域をセーブしているようで、

私の耳には、そぐわないのですが(苦笑)、

さて、気になるのは、アメリカでのチャートの状況です。

~~~~~~~~~

 317日(現地時間)に米国でリリースされたBoAの米国ファーストアルバム『BoA』は発売初日、アマゾン・ドットコムで発表するリアルタイムCD販売集計チャートの「ホット・ニュー・リリース」で6位、また「ベストセラーズ」チャートでも8位になり、注目を集めている。

 米国の音楽ファンの反応も熱い。アマゾン・ドットコムを通じてBoAの音楽に接したネットユーザーらは、「すばらしい。最高だ。今回のアルバムは米国で大きな成功を収めるだろう」(ID:AJ)、「エレクトロニクス・ダンスのビートが非常に楽しい。差別化が感じられる」(ID:B. Nickel)、「中毒性がある。BoAの米国での活躍を期待したい」(IDTony)など好意的な意見を寄せ、BoAのファーストアルバムに好感を示した。

 また、今回のアルバムは消費者が星五つで評価するカスタマーレビューでも星4.5個という高い評価を受けており、今後のBoAの本格的な米国活動に対する期待を高めている。

チェ・ウニョン記者 edaily/朝鮮日報日本語版 2009/03/19

BoA、米1stアルバムがトップ10入り=アマゾン - 韓国好きが集まるひろば!SNS サイワールド

~~~~~~~~~

おおむね好評なのでしょうね。

“壁”にぶつかることもあるかもしれませんが、頑張っていただきたいものです。

ところで、小生、一度、BoAさんのコンサート・チケットをゲットしようと、

思い立ったことがあります。

センターに電話するのですが、皆さんご想像のとおり、

まったくつながらず、20分弱で、売り切れでした(苦笑)。

アメリカで人気が出ると、ますます日本公演のチケットは入手しにくくなることは必定で、それを思うと、ツラいものもあるのですがねー…。

この米国デビュー盤と、J-POPのベスト盤が、セットで発売になっています。

なかなかの聴きごたえがあります。

“必殺のダンス・チューン”をお探しの方には、必携ですね。

BEST&USA(2CD+2DVD付) Music BEST&USA(2CD+2DVD付)

アーティスト:BoA,Yutaka Furukawa,Crystal Kay,Sean Garrett,VERBAL
販売元:エイベックス・エンタテインメント
発売日:2009/03/18
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ちなみに、これまでの私にとってのBoAさんのBESTアルバムといえばこれかな。

クルマの中では、もっぱらこのCDです。

いかにも、日本人好みの、J-Popsで、オススメです。

BEST OF SOUL Music BEST OF SOUL

アーティスト:BoA,BoA w/z SOUL’d OUT
販売元:エイベックス・トラックス
発売日:2005/02/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する

                                   (おしまい)

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2009年1月12日 (月)

希望はあなたを捨てません,あなたが希望を捨てたのです~「アメイジング・グレイス」

昨年の秋、だったと思います、いわゆる、「番組改編期」でしたから。

ラジオをつけると、MBSアナウンサーの水野晶子さんが、自分の担当されている番組が打ち切られる、ということで、ボロボロと泣いていました。

私には、「放送中」ということすら忘れて号泣している、そんなふうに感じられました。

よほど、無念だったのでしょうね。

私は、その番組の熱心なリスナーでもなかったので、詳しい事情は分かりませんが、想像するに、

水野さんは、これまでずっと、報道・ニュース畑で、巨大マスコミという制約の中で、常に市民の側に立った報道を続けてこられましたし、リスナーの安定した支持も得られていたと思います。

ちょっと、たいそうな言い方かもしれませんが、

“ジャーナリストとしての自負心”(と、書けばご本人は否定されるかもしれませんが)、のようなものがあったのかもしれません。

“大人の事情”による、番組改編、とはいえ、どうにも、気持の整理がつかなかったのでしょう。

そのとき、東京のスタジオから、番組のコメンテイターの近藤勝重氏が、

(氏も、ちょっと、“ウルウル“状態でしたが)

「水野さん、こんな言葉があるじゃないですか」

と、彼女に諭すようにおっしゃった言葉が、これでした。

 

希望はあなたを捨てません。あなたが、希望を捨てたのです。

 

アメリカの精神科医、ジョージ・ウェインバーグ氏の言ですね。

なるほど、含蓄のあるフレーズです。

~~~~~~~~~

2009年がどういう年になるか、まだ明けたばかりのことですが、私には、どうも、明るい未来の“兆し”すら見えてこない。

 

「いったい、日本はいつから、こんな情けない国になったんだろう?」

って、つくづく思います。

もっとも、“そんな政府を選んだのは国民ではないか”というところになるのだけれども。

麻生総理が、

「定額給付金は中止します」

って言えば、少しは、気分も晴れるかな。

「政権交代」といっても、私は、民主党の小沢代表は、信用できません。

などとまあ、愚痴にはキリがありませんので、本日のタイトルの言葉を心に刻んで、

ボチボチと、そう、ボチボチがいい、のです。

あわてずに、いきましょう!

 

§新春特別企画~「アメイジング・グレイス」をアップしてみます。

ココログの規格が変わり、音楽ファイルがアップできなくなりました。

で、無い知恵を絞り、テストを兼ねて、やってみたのですが。

本田美奈子.さんの「新世界」につづき、本年の幸せの願いを歌によせてみます。

AMAZING GRACE」といえば、もちろん、本田美奈子.さん、ヘイリーさん、

そして、洋の東西を問わず、星の数ほどの歌手の方々が歌っておられますが、

今回は、「期待の新星」です。

将来、日本の音楽シーンを背負って立つかもしれない、

そんな気もしています。

こんなくだらぬブログを、ご訪問してくださる方々への、

私からのささやかな“新春プレゼント”、と申し上げたいのですが、

WINDOWS MEDIA PLAYER」でしか、再生できないかも、です。

あまり、気の利いたアップロードでもないので、

「期間限定」になるかも、と言い訳をしつつ。(苦笑) http://cid-e9152294ce18079f.skydrive.live.com/browse.aspx/%e5%85%ac%e9%96%8b/MUSIC

PS: 幸い、水野晶子さん、近藤勝重氏の「コンビ」は、内容、時間帯を変え、

現在も、番組を担当されていらっしゃいます。

近藤勝重氏の御著書の紹介。

しあわせの雑学―一日一杯の読むスープ (幻冬舎文庫) しあわせの雑学―一日一杯の読むスープ (幻冬舎文庫)

著者:近藤 勝重
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年7月21日 (月)

芥川龍之介の自筆の遺書、発見さる。

ハイ、本日は「雑談」です、暑気払いになるかどうか(笑)。

~~~~~~~~~

芥川龍之介:幻の遺書 遺族宅で4通発見、随所に推敲のあと

 35歳で自殺した作家、芥川龍之介(1892~1927、写真)が、妻子らにあてた遺書4通がこのほど、東京都内の遺族宅で見つかった。遺書全6通の中身は全集に掲載されているが、現存する2通をのぞき、遺言に従って焼却されたと考えられていた。複製が19日から、東京都目黒区駒場の日本近代文学館で公開される。

 遺書は、芥川が愛用した松屋製の200字詰め原稿用紙に黒インクで書かれている。丁寧な筆致で、随所に推敲(すいこう)のあとが残る。

 妻にあてたうちの1通で、作品の出版権について指示した書面では、全集収録分とは異なって芥川の署名があった。一方、全集にある最後の2行は書かれていなかった。

 「わが子等(ら)に」と題した遺書の1行目「人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず」は「死に至る」を後から加えていた。

 芥川の研究者で都留文科大名誉教授の関口安義さんは「事務連絡のような一部の文章を除き、文言をしっかり考え抜き、遺書を準備していたことが分かる貴重な資料だ。全集収録分と異なる個所などは、今後の大事な研究材料となるだろう」と話している。

 遺書は今春、孫の芥川耿子(てるこ)さんが自宅を片づけている際に見つかったという。【岸桂子】

毎日新聞 2008719日 東京朝刊

芥川龍之介:幻の遺書 遺族宅で4通発見、随所に推敲のあと - 毎日jp(毎日新聞)

~~~~~~~~~

芥川龍之介の直筆の遺書が、このたび発見されたそうです。

まさか、と思われましたが、残っていたんですね。

没後80年にしての、「大発見」かもしれません。

芥川の作品は、昔、よく読んでいましたが、

そういえば、拙ブログでも、引用したこともありました。

      ↓

SAPPARI WAYA: 本田美奈子.さん「ANGEL VOICE」(その2)

 

ときに、それは土曜日のことでしたが、仕事を終えて一息ついていると、外で花火の音が聞こえてくるのです。

事務所を出ると、そこは2階の駐車場になっており、花火大会の会場からは、やや離れていますが、とても、よく見えます。

駐車場の一角に、10数人の影。

近付いてみると、椅子なども用意して、そこから花火見物をきめこんでいました。

幼児たちは、その小さい手にも花火を持っていますから、空の花火と、手のそれと、

いやはや、忙しいことです。

夜空に輝いては消えてゆく花火を、私もしばらくの間、立ち尽くして眺めていました。

北東の上空には、旅客機の灯りも見えました。

機は、花火の会場の、ほぼ真上を通過していくようです。

 

「天空から、あの花火を眺めると、どんなだろう」

 

色とりどりの美しい花火は、次から次へと打ち上げられていきます。

そのたびに湧く歓声と嬌声。

でも、子供たちの花火を見る思いと、その親、また、この私の想い、みんなそれぞれ、違っているのはまぎれもない事実なのです。

 

やがて、私は、黙ってそこを後にしました。

後方に、花火の音、人々の声。

私は、芥川龍之介の短編小説「舞踏会」の一節を思い出しながら歩いていました。

 

「私は花火の事を考えていたのです。我々の生(ヴイ)のような花火の事を。」

 

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PS: 芥川龍之介「舞踏会」

      ↓

Amazon.co.jp 舞踏会・蜜柑 (角川文庫): 芥川 龍之介:

y詩集より 「花火」。(コレ、いかにも蛇足。)<爆>

   ↓

SAPPARI WAYA: 「花 火」

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2007年10月28日 (日)

「歎異抄」は、親鸞の思想ではない。(結びにかえて)

(前回からのつづきです)

 

§「絶対他力」=「絶対自力」。

 前回、私は、「自力を完全に捨てる、己のさかしらな分別を捨てる」と、書きましたが、

「絶対他力」の驚くべき点は、捨てたはずの「自力」がみんな、自分の元に還ってくる、つまり、「絶対他力」こそが、「自力」を100%生かす道なのです。

一般に、「他力本願」という言葉は、「他人まかせ」とか、「自分は何もしない」という風な意で使われることが多いようですね。

本来の意味からすれば、それは、明らかに「誤用」なのですが、「親鸞の哲学」の誤解は、今に始まったことでもないので、この件については、「不問」にします。<苦笑>

さて、齋藤孝氏も、「声に出して読みたい日本語 歎異抄」の中のコラムで、

「親鸞の考え方は、やさしさに満ちた教えなのです」

と、述べられています。

親鸞の教えが、「易行道」といわれるように、

それも、確かに一面の真実ではありますが、

「他力本願」は、もっともっと厳しいものを、私たちに突きつけてきているのです。

俳優の三国連太郎氏が製作・監督された「親鸞 白い道」という映画がありましたが、

    ↓

親鸞 白い道 - goo 映画

“漆黒の闇の中、よくよく眼を凝らして見つめていると、かすかに、一本だけ、おぼろげながら白い道が、ずーっと彼方へ伸びているのが見える。

道、といっても、その幅は、僅か30cmすら無いもの、とお考えいたきましょうか、仮に一歩でも誤ると、その道の両側、いずれかの崖より真っ逆さま……“

例えるならば、「念仏道」とは、それに近いものがあるのかもしれません。

「では、訊くが、『阿弥陀仏』のみ名をとなえるだけでよい、と言ったり、

両側が断崖の道を歩いて行くようなもの、と言ったり、一体、どちらが本当か」

と、問われる方もいらっしゃるでしょう。

私の答えは、「どちらも真実です」という他はありません。

いまさらながら、なんとも、難し過ぎるテーマを取り上げたものだ、と今現在、後悔しているのですが<苦笑>

冒頭に記したように、

「『歎異抄』が、親鸞の思想を、正確に伝えているとは、言えない」

(さらに言えば、現真宗教団も、ですが)

このことだけは、(誇張ではなく)私が生きているうちに書いておこうと、この1ケ月余、ずっと思っておりました。

私事で恐縮ですが、----

去る1017日、かけがえのない“戦友”―と、言っても、職場の仲間なのですが―が、遠い遠い処へ旅立たれました。

つい前日まで、談笑していた仲間が、です。

全く、突然のことでした。40代半ば、あまりにも早過ぎます。

ご本人も無念なら、残されたご家族の嘆きはいかばかりのことか。

私も、ショックでした。胸が痛みます。ただただ、悲しいです。

さればとて----

「論語読みの論語知らず」の如き、「ええから加減」の小生が、

こんなどうでもいいブログに書き残したって、そんなに意味のあることでもないのでしょうが、

自身の無知・非力をかえりみず、ここまで来てしまいました。

この文章により、万が一、「親鸞の哲学」に少しでも、ご関心を持たれる方がいらっしゃるようであれば、私の望外の喜びとするところなのですが―

あるいは、各所より、反論等もあるかもしれません。

が、今の心境は、いわば「どうにでもなれ」というような、「自然体」(?)であります。<苦笑>

少なくとも、「歎異抄」を読んだだけで、親鸞の教えについては十分、ということには、しないでいただきたい、と思うのです。

最後に、もう一度、申し上げます。

「歎異抄」は、親鸞の思想ではない。

親鸞の教えは、「今」の人生を生きていく上において、ポジティブに、また、リアルに関わっている―

それこそが、「浄土の真宗」なのです。    (この稿 終わり)

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PS: 「歎異抄」の読めるサイトです。

      ↓

      歎異抄 (原文)  

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2007年10月27日 (土)

「歎異抄」は、親鸞の思想ではない。<その4>

(前回からのつづきです)

 

§「絶対他力」。

「生きている、というより、生かされている」

そんな、フレーズを聞かれたり、読まれたりした方も多くいらっしゃると、思いますが、

「他力」の概念は、そんな身近な言葉の中にもあるように考えます。

さて、「絶対他力」なのですが、

それは、「自力」を完全に捨てる、ということです。つまり、「己のさかしらな分別を捨てる」「物を見るとき、“色眼鏡”をかけて見ない」というようなことでしょうか。

これが、出来そうで出来ないことなのです。なぜなら、人間には、誰でも、多かれ少なかれ、「先入観」を有しますし、それ以上に邪魔なものは、自己に対する「プライド」、また「自尊心」なのです。

SAPPARI WAYA: 「歎異抄」は、親鸞の思想ではない。<その2>

において、

「南無阿弥陀仏」の意は、「『阿弥陀如来』に帰依せよ」、ということです

と、書きました。

「『阿弥陀如来』に帰命致します。」ではないことに、ご注意していただきたい。

親鸞は、

「念仏」=「信心」も、「自分が行おう」としたものではなく、阿弥陀如来が、我々に差し向けたものである、としたのです。

~~~~~~~~~~~

親鸞は弟子一人ももたず候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。(「歎異抄」第6章より)

~~~~~~~~~~~

「『念仏』は自らのはからいではない。阿弥陀如来のはからいではないか」

だから、「私こと、親鸞には弟子などいないのだ」ということになるのです。

SAPPARI WAYA: 「歎異抄」は、親鸞の思想ではない。<その1>

「念仏」は、「修行」でも、自らの「善行」でもない、

それが、親鸞の「基本的認識」なのですね。

“凡夫には、(すすんで、「善」を積もうなどという)「仏性」など、あろうはずがないのだから”

~~~~~~~~~~~

念仏は行者のために、非行・非善なり。わがはからひにて行ずるにあらざれば非行といふ。わがはからひにてつくる善にもあらざれば非善といふ。ひとへに他力にして自力をはなれたるゆゑに、行者のためには非行・非善なりと云々。(「歎異抄」第8章より)

~~~~~~~~~~~

ところで、日本でも「裁判員制度」が始まるようなのですが(私は、どうも、この制度には、賛成できないのですが)、

根源的な問いとして、一体、「人が人を裁き得る」ものなのか、ということが、よく言われますね。

親鸞は、

「善悪のふたつ、総じてもって存知せざるなり」

と、言い切りました。

~~~~~~~~~~~

そのゆえは、如来の御心に善しとおぼしめすほどに、知りとおしたらばこそ、善きを知りたるにてもあらめ、如来の御心に悪しとおぼしめすほどに、知りとおしたらばこそ、悪しさを知りたるにてもあらめど(後略)  (「歎異抄」第19章より)

~~~~~~~~~~~

つまり、

“真理の体現者たる、如来様ならともかく、煩悩にまみれたわれわれ凡夫には、善悪を完璧に極めることなど、どだい、無理な話だ”(意訳:筆者)

と、いうことなのです。

言い換えるならば、180ccほどのコップで、太平洋の海水を全部、汲み取ろうとする、そんな“無謀”なことに等しいことかもしれません。

ただ、「浄土の真宗」ならば、それが、可能になるのです。

                            (この稿つづく)

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2007年10月26日 (金)

「歎異抄」は、親鸞の思想ではない。<その3>

(前回からのつづきです)

 

§「現世」にて、「さとりをひらく」ことが、「親鸞の哲学」の核心である。

阿弥陀如来の「本願」を根本に据えた、「他力信仰」は、法然、そして、親鸞に至って、ついに、「宗教」から、

「現世を、いかに生きていくか」

という「哲学」に生まれ変わったのだ、と私は考えています。

ただ、親鸞がこの境地に達したのは、主著「教行信証」を書き上げた後、彼の最晩年の頃と、推察します。

また、親鸞は、自らの信仰については、人々に対し、実に、あけっぴろげであったと思います。

それでもなお、唯円が嘆いたように、親鸞の教えは曲解され、また、当の唯円自身も、親鸞の思想を正しく継承できなかった。

まことに、「人と人とが理解しあう」ということは、難しいものだと、つくづく思います。

さて、以下に、親鸞が門徒宛に書いた、手紙の一節を掲げます。

~~~~~~~~~~~~~~~

 信心を得た人は、必ず浄土に生まれる身となっているので、仏(ぶつ)となることの約束された位にあるといいます。(中略)

 仏になることの約束された位は、次の世に仏となって現れる、「弥勒(みろく)菩薩」と同じ位であります。

   (中央公論社「日本の思想 親鸞」より 現代語訳::石田瑞麿氏 )

~~~~~~~~~~~~~~~

また、親鸞は多くの「和讃」を残しています。

「和讃」とは、五七調で、「浄土の真宗」の教えを、庶民にもわかりやすく伝えるために、作られたものです。

~~~~~~~~~~~~

五十六億七千万

弥勒菩薩は としをへん

まことの信心 うる人は

このたび さとりを ひらくべし

念仏往生の願により

等正覚に いたる人

すなわち弥勒に おなじして

大般涅槃を さとるべし         (「正像末法和讃」より)

~~~~~~~~~~~~

 

§「弥勒菩薩」とは?

釈迦の教えは、「末法の世」(西暦でいえば、1052年頃でしょうか)に入れば、完全にすたれてしまう。(=「末法思想」。)

その暗黒の世界を救うべく、現われるといわれるのが「弥勒菩薩」ですが、その菩薩は、経典によると、567千万年を待たねばなりません。

しかし、親鸞によると、

「信心を得た人は、弥勒菩薩と等しいのである」

と、何度も何度も言っているのです。

さらにまた、

先にご紹介した、「声に出して読みたい日本語 歎異抄」の中で、齋藤孝氏も、このように書いておられます。

~~~~~~~~~~~~

いのちが終わろうとするときに、念仏して往生を願うという「臨終正念」を親鸞は支持しませんでした。(中略)浄土は約束されているのだから、念仏によって、今生の生をポジティブに生きなさいという。(引用筆者)

~~~~~~~~~~~~

齋藤氏の上記のご指摘は、まことに的を得ていると、私は考えます。

繰り返して、申し上げますが

親鸞の思想とは、「死んでから」のことではなく、

「今の人生を生き抜く知恵」を、「絶対他力」に見いだしたものである、といえます。

では、「絶対他力」とはなにか。

だんだんと、ボロが出そうです。が、「さっぱりわやくちゃ」の理念に従い、勢いにまかせて、書いてみます<苦笑>

                         (この稿つづく)

(補:前回、引用した「「唯心鈔文意」も、「中央公論社『日本の思想 親鸞』」所収です)

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声に出して読みたい日本語 音読テキスト3 歎異抄

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2007年10月25日 (木)

「歎異抄」は、親鸞の思想ではない。<その2>

(前回からのつづきです)

 

§「仏像は作るな、寺は建てるな、葬式はするな」

たしか、親鸞の教えには、そんなことがあったと記憶しています。

現在の、浄土真宗とは、全く違いますね。

「仏像は作るな、寺は建てるな」とは、どういうことでしょうか。

浄土真宗における「念仏」(=「南無阿弥陀仏」といいますね)とは、

「『阿弥陀如来』に帰依せよ」

ということなのですが、

では、「阿弥陀仏(=阿弥陀如来)」とは何か、というと、その別名を、

「尽十方無碍光如来」(じんじゅっぽうむげこうにょらい)といいます。

“その放つ光は、さえぎられることなく、十方世界を、ことごとく照らす”という意です。

ですから、このように表現することができます。

阿弥陀仏とは「光」であり、「智恵」であり、また「真理」そのものであります。

更に、具体的に言い換えるならば、阿弥陀仏は、「太陽」である、といえましょう。

親鸞の言葉を借りますと、

~~~~~~~~~~~~

「数知れない世界に、なにものにもさえぎられない智恵の光をお放ちになるから、尽十方無碍光仏と申し上げる。この仏は光ばかりのお姿で、色も形もおありにならない。」

            (「唯心鈔文意」現代語訳:石田瑞麿氏)

~~~~~~~~~~~~

つまり、親鸞は、偶像崇拝を禁じたわけです。異国人の相をした、(仏像は、確かに、日本人の顔ではない)金ピカの仏像を拝むことには、何の意味も無いと考えたのでしょう。

ですから、どうしても、何かを飾りたければ、「名号」を飾れ、との教えであったと覚えています。

「名号」とは、つまり、「文字の掛け軸」ですね。これには、2種類あり、

「六字名号」=「南無阿弥陀仏」と、あとひとつは、

「十字名号」=「帰命尽十方無碍光如来」の、2種であり、

意味は、どちらも同じ、「『阿弥陀如来』に帰依せよ」

ということです。

さて、「葬式はするな」ですが、「歎異抄」の中に、

「親鸞は父母の孝養のために、一遍も念仏したこと、あるまじき候」

という、親鸞の言葉が紹介されています。

また、「私が死んだならば、遺体は、賀茂川に流し、魚に与えなさい」とも、言っていました。

もちろん、死者への悲しみと思いやりを表すことは、人間の感情として、当然のことです。しかし、私たちにとって、最大の課題とは、何でしょうか。

それは、「現世を、いかに生きるか」ということなのです。

このことが、「浄土の真宗」の最大の眼目である、私はそう考えています。

                          (この稿つづく)

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2007年10月24日 (水)

「歎異抄」は、親鸞の思想ではない。<その1>

§「歎異抄」はブーム?

最近、「歎異抄」についての2冊の本を、書店にて見つけました。

1冊は、五木寛之氏の「私訳 歎異抄」(東京書籍刊)、

もう1冊は、齋藤孝氏の「声に出して読みたい日本語 歎異抄」(草思社刊)。

声に出して読みたい日本語 音読テキスト3 歎異抄 声に出して読みたい日本語 音読テキスト3 歎異抄

販売元:草思社
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私訳 歎異抄 私訳 歎異抄

著者:五木 寛之
販売元:東京書籍
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「偶然」でしょうか、「ブーム」なのでしょうか、あるいは、「混迷」と「漠然とした不安」に満ちた今の時代、「歎異抄」がまたまた、注目を集めているのでしょうか。

ただ、「歎異抄」には、「問題点」があるのも、事実なのです。

 

§「歎異抄」とは、どんな書?

とはいえ、「歎異抄」をご存じない方もいらっしゃるでしょうから、簡単に説明します。

(例のごとく、「てんけい」流の荒っぽいものですが)

「歎異抄」の著者は、唯円である、というのが現在の定説です。

彼は、親鸞の、大勢の“弟子”の中のひとりです。

(注:親鸞は、「阿弥陀如来の前では、みな平等である」として、“弟子”という概念を否定し、「同朋」という言葉を使っています。)

親鸞とは、社会科の授業で、覚えておられる方も多いと思いますが、

鎌倉時代に、新しい仏教として、「浄土真宗」を開いた、とされていますね。

で、親鸞の死後、間違った教えが、信者の間にひろまり、

唯円の言を借りれば、

「先師の口伝の真信に、異なるを、嘆き…」(←これが、「歎異抄」という題名の由来です)

「親鸞上人の、真の教えは、こうである」と、書き綴ったものなのです。

 

§「歎異抄」の、問題点とは?

さて、「問題」は唯円のこの本が、

「本当に、親鸞の教えを正確に伝えているか」

ということなのです。

結論をいいます。

私の答えは「No」です。「歎異抄」の著者である唯円もまた、親鸞の教えとは、違ったものになっています。

 

§「歎異抄」の構成。

「歎異抄」は、分量的には、短い書物ですから、ものの30分もあれば、通読できます。

まず、「序文」があり、19章からなる「本文」がつづき、「あとがき」で終わります。

(注:「歎異抄」の分けかたには、2説あり、 先に挙げた、五木寛之氏、齋藤孝氏の著書は、両者とも「18章」説を採用されていますが、私は「19章説」を採ります)

さて、この19章からなる本文ですが、

前半の10章については、唯円が、親鸞が生前、語った言葉を書き写したものとされ、これは、いいでしょう。(本当に一言一句、間違いがないか、ということになると、また別の話なのですが)

後半部分が、唯円の筆による、いわゆる「歎異」の章なのですが、

これが、親鸞の思想を、正確に伝えているとは、到底、言い難い。

「歎異抄」を読まれる方は、この点に、十分、留意していただく必要があります。

そして、この点を、「歎異抄」についての本を出される場合、著者は明記するべきだと思うのです。

私が先に挙げた2冊は、両方とも、この点については、何の記述もありませんでした。

 

 §親鸞の思想とは?

これを書くとなると、勿論、大変でして、やはり、物証、というか、資料類も必要なのでしょうが、震災で残っていません。

また、このたび、「私訳 歎異抄」を上梓された五木寛之氏でさえ、「25年間『歎異抄』を読んできたが、奥が深い」というようなことを、書いておられたと思います。

まして、小生の「頭の中の消しゴム」は巨大化する一方です。<苦笑>

と、まあ、言い訳じみたことは、さておいて、唯円が「歎異抄」にて綴った言葉を借りるならば、

「故親鸞聖人の御物語のおもむき、頭の底に留むる所、いささかこれをしるす」

(注:下線部「歎異抄」原文では、「耳の底」)

とでも、いうべきなのでしょうか。

皆様には、「ヒント」程度のことにしかならないと思うのですが、やってみます。

よく、「葬式仏教」などという言葉を耳にしますが、

(この言葉が、仏教者に対する、最大の侮蔑を含んでいる、ということに、彼らは本当に気付いているのでしょうか)

浄土真宗は、「死んだあと、極楽浄土に行くための宗教である」

とお考えの方が多いのではないでしょうか。

しかし、それは、間違っています。

私が若い頃なら、唯円の書いた9章につき、逐一、論駁を試みたと思いますが、今の私には、もう、そのような気力も、知力もありません。(苦笑)

よって、頭の動く範囲で、筆を進めてみます。

読みづらい点、また、分かりにくい点は、どうか、ご容赦のほどを。 

                            (この稿つづく)

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2007年10月 3日 (水)

「火垂るの墓」は、「あとがき」を読むこと。

さて、本日は、毎度のムダ話です。

えーと、先日、TVでアニメ映画「火垂るの墓」が放映されていたと思います。

(まてよ、なんで、この時期だったんだろう?)

この映画、過去に一度、私も観たことがあります。ご存知の方、また、御覧になられた方も多いと、思います。

もちろん、「名作アニメ」なのですが、先の十五年戦争は、単なる「被害者意識」だけで考えると、歴史を見誤ることになります。それは、さておき----

私が中学生の折、

「映画、TVもいいけど、原作もちゃんと読まなきゃダメだよ」

と、担任の先生が、よくおっしゃっていました。先生の教えには、しっかりと背いてきた私ですが(苦笑)、この「火垂るの墓」の原作は読みました。

作者は、野坂昭如氏。いわゆる、「焼け跡闇市派」ですね。最初、読んだときは、学生の時分。

「広告屋あがりの、売文業者が、お涙頂戴の小説かよ」

などと、(いわば)ろくでもない感想を持ちました。いやー、若かったんですネ。

ところが----

「あとがき」のページまで読み進み、

うーん、どなたの文章だったか、忘れましたが(苦笑)、野坂氏の言を読んだところ、

ここに至って、涙が頬をつたわってきました。

「戦争の真実」は、ここにあったのですね----

そう、思いました。

 

だから、前にも書いたように、

「原作を読まなきゃダメ」、ということになるのです(笑)。

確か、新潮文庫版だったと記憶しています。「アメリカひじき」も、いっしょに収録されていたように覚えています。

もちろん、今も、店頭に並んでいますが、今回、私の申し上げた「あとがき」が、現在の版でも、採用されているかどうかは、知りません(爆)。

アニメだけで終わらずに、是非とも、原作に接することを、オススメします。

(特に、「あとがき」ですゾー)  (おしまい)

PS:アフィリなんて要らないですね。どこの書店、古本屋にもあるでしょうし、学校なら、図書室にもあるハズです。

野坂昭如氏は、“歌手”活動もされていました。

マリリン・モンロー・ノー・リターン」とか、「花ざかりの森」とか----、あ、誰も知らないか。(爆)「黒の舟唄」、これは、ちょっと有名、ですよね。(加藤登紀子さんも歌っておられます)

それらを収めた「躁と鬱」というLPを持っていましたが、震災で、これも手元にありません。

でもねー、CDで復刻されているんですよ、これが----。買いませんでしたけど。

聴くと、気が滅入ってきますので、皆さまにはオススメしません。アフィリ、貼りません。(爆)  (ホントにおしまい)

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2007年6月 3日 (日)

「歌う技術」-堀江眞美さん。(おまけ)

今日の朝刊の記事より。

「朝霞市が、本田美奈子.さんのふるさとへの貢献をたたえようと、記念碑を建てる」ということは、前から聞いていたのですが、今朝の新聞で、その概要を知りました。

本田さんが闘病中に書いた「笑顔」という詩が刻まれる予定。

「怒っている顔よりも、泣いている顔よりも、困っている顔よりも、笑顔が一番」とつづている。(中略)本田さんの写真が埋め込まれ、歌声も流れる仕組みという。

                                 (日経新聞より)

やはり、歌も流れるのですね。この記事には、曲目は書かれていません。いったい、どの曲が選ばれるのでしょうか。

美奈子さんはいろいろな詩、文章を残されていますが、そうですか、「笑顔」が選ばれたのですね。

さて、「歌う技術」(堀江眞美著)は、もちろん「技術本」なのですが、本書によると、

口角が上がり、若く、キレイになり、「小顔」になる“秘密”も書かれています。

口角が上がる、ということは、「笑顔」になるということ。

実は、堀江さんも、「いつもスマイル」と、書いていらっしゃいます。

本書を手に取るまで、堀江さんのことは、知りませんでしたが、DVDを観るかぎり、「ジャズ・シンガー」といっても、お声は“あったかい”という印象を受けました。ですから、

“ハード系”のFRIDE PRIDE というより、

“ほっこり系”の、鈴木重子さん、また、「ANY KEY OK」のイルカさんに近いようです。まあ、こんな「荒っぽい」分け方は、どうかと思いますが。(以上、あくまで私見)

ただ、御本人は、ジャズ歌手でしょ、と言われると、

「私は、邦楽もやっていて、ソウルもゴスペルも演歌も歌っていますよ」

と、書いていらっしゃいます。こういう、「ノー・ジャンル」なところって、やはり、美奈子さんに似ているんですよね。

もう一度、書きます、本書はもちろん「技術本」ですから、歌い方に関する「技術指導」の記述も、たっぷり書かれています。ただ、随所に、筆者の「音楽」に対する「熱い想い」が込められています。

あまりな“こじつけ”は、「御両人」に、“迷惑”かもしれませんが、

堀江さんも、また、「歌」の向こうに、見据えていらっしゃるものがあります。

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(「歌う技術」エピローグより)

「歌うことで実現したい、私の夢」

老人ホームと孤児院が一つになった施設を作りたい。親のいない子供には家族が必要です。家族と離れて老人ホームに暮らす方たちには生き甲斐が必要です。(以下略)

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うーん、そうですか----

機会があれば、ぜひ、堀江眞美さんのライブに行ってみたいものですね。

では、「雑談」も終えて、私は、これから、「発声練習」です。

目標は、カラオケで「80点台」です。(←アホかいな)

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2007年5月30日 (水)

「歌う技術」-堀江眞美さん。

§今回は、本の紹介です。

私は、従来より、本田美奈子.さんの歌唱について、「特異」である、という感想を持っていた。そういう言葉がふさわしいかどうか、とも思うのだが、とにかく他の歌手とは違った表現手法か、あるいは、なにか、彼女ならではの“極意”を身につけたのかもしれぬ。

果たして、それを、具体的に、どのようjにして会得されたのか、是非とも、伺って訊いてみたいのは、私のみならず、多くの現役シンガーの皆さんの、共通の願いだろう。

さて、べつに私は「歌手志望」でもないのだが(←当たり前)、1冊の本をみつけた。

「歌うことで人生が変わる。おまけに、キレイになったり、健康になったりもする。2時間でゴスペルから童謡まで歌えるようになる、奇跡のボイストレーニングを紹介。」

オーバーな宣伝文句だ、とも思ったが、“ひょっとして、美奈子さんの歌唱の「秘密」に、近づけるヒントがあるかも”と思い、読んでみた。

著者の堀江眞美さん―ジャズ・シンガーとのことですが―については、何も知らない。「まえがき」を読んでみる。

このページをめくって読んでくださったあなたとの出会いに感謝します。あなたの今日一日がとってもいい日でありますように。……

のっけから、“カウンター”だ、「ん?歌の本だよね?」…。

歌はほんとうにつらいとき、あなたを助けてくれます。……いままでにつらいことがあったとき、必ず側にいて励ましてくれたもの、それは、母親と音楽と何人かの友人でした。……あなたも歌を親友の一人として愛してあげてほしいのです。

うーん、単なる「技術本」ではない。

もちろん、発声、発音、全身のストレッチ法なども、本文に紹介されているが、―

エピローグに、こんな文章があった。

……お父さん、お母さん、ありがとう。…お世話になった方々にありがとう。天国でセッションをやっているミュージシャンのみなさん、私を育ててくれてありがとう。みんなにありがとう。地球にありがとう。宇宙にありがとう。ありがとうの歌が世界中に響きますように。みんなの笑顔にありがとう。

~~~~~~~~~~~~~~~~

もう、私がとやかく言うことはあるまい。

なんだか、美奈子さんが著された本みたい。(堀江眞美さん、ゴメンナサイ!)

と、いうよりも、―

名人・達人の境地は、結局、同じようなところに、辿りつくのだろうか。

(ところで、堀江さんは美奈子さんのこと、ご存知なのでしょうか?)

さて、例の「秘密」に迫るヒントは?……

うーん、ありそうですぞー……。(←謎)

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この本、DVDが付いてます。彼女のオリジナル曲も含め、6曲。

そのうちの1曲が、あの「AMAZING GRACE」。……

なんとも、heart-warmingな堀江さんの歌声が聴けます。

1995円ですが、値打ちはあるかもです、というところで、オススメの1冊。

ご家族、お子様も御一緒に、読んでみられたら、と思います。

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2006年10月20日 (金)

まっすぐに、線を引く。

燃えよ剣 (2)

先日、美術展に行ってきた。ゴッホの「アルルの寝室」(これが正式な題か、どうかは知らない)の絵も鑑賞することが出来た。ゴッホの作品を生で観たのは初めてだった。で、そこで思ったのだが、-----「真っ直ぐに線を引くのは、難しい」。こんな他愛も無いことしか考えられない自分が、情けない。

 そこで、「真っ直ぐな線」で思い出したのが、この本。まあ、陳腐な連想には違いない。

 いうまでも無く、新撰組副長の土方歳三を描いた作品だ。私は、この書物に触れるまで、新撰組の戦いが北海道まで及んでいたとは、知らなかった。

 作者の司馬遼太郎氏は、土方歳三が明治政府軍の陣地に斬りこんで、戦死したように描いているが、実際は、友軍が土方めがけて狙撃した、というのが真相らしい。五稜郭に立て籠もる、榎本武揚率いる函館政府軍にとっては、「徹底抗戦」を唱え続けた土方歳三は、邪魔な存在であったのかもしれぬ。(事実、榎本は、降伏後、明治新政府において、海軍を統率する身となる)

 「佐幕」「開国」の道をひたすら突き進んでいくべし、として生涯を終えた土方だが、その目に明治政府の施策は、どう、映ったのだろうか。

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2006年9月19日 (火)

読書の秋

大体、サラリーマンが電車の中で、コミック誌を読む時代だ、私には、そんなこと、恥ずかしくて、出来やしない。そして、家に帰って、子供たちには「宿題したか」なんて、言ってるんだろうね。もっとも、自民党総裁候補の一人、麻生氏も「マンガ好き」って公言してはばからないんだから、それも仕方ないか。まあ、日本のコミックの水準は、確かに世界一、だけどね。

優しい子よ Book 優しい子よ

著者:大崎 善生
販売元:講談社
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さて、オススメの本だが、著者の大崎氏は、もともと、将棋雑誌の編集長でした。オイラ、こう見えても将棋にはウルサいよ。(単に声がデカい。←ん?)で、最近作の優しい子よ」。これは大崎氏と彼の奥さん(元女性棋士の高橋和(やまと)さん)が体験した実話をベースにしています。

「事実は小説より奇なり」といいますが、実際にこんなドラマのようなことが、大崎夫妻、そして「少年」との間に起こったのです。生命の不思議さと、その優しさに、泣けます。とにかく、泣ける。こんなの、電車の中で読んでたら、“最悪”だろうなー、目は真っ赤、鼻はグスグス…あ、やっぱり、電車では、マンガの方がいいね。(爆)

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