2017年6月28日 (水)

藤井聡太四段は、なぜ強い?

 

§「社会現象」なのですね。

 

藤井聡太四段の連勝記録により、この新星の四段の話題でもちきりですね。

 

私のようなヘボ将棋の身でも、

 

老若男女を問わず、皆さんがこうやって、将棋を話題にされていることは、

 

嬉しいものです。

 

 

 

§藤井聡太四段の強さの秘密?

 

これにつきましては、いろんなプロ棋士の方が、

 

様々なメディアにより、ご感想を述べられていますね。

 

全く、そのとおりなのでしょう。

 

 

 

先日、“発表”しましたように、小生、ツイッターを始めておりました。

 

おそらくは、“日本一寡黙なツイッター”であります(苦笑)。

 

その、ツイッターにおきまして、

 

この藤井聡太四段について、意見を訊かれ----

 

いや、これは、言葉遣いとして、正しくない、

 

“たまたま、藤井聡太四段の話題に及んだ”、

 

という方がむしろ“正解”なのですが、

 

「はて、どうしたものか、“ド素人”の分際で、

 

大天才棋士のことなどを申し上げるのは----

 

と、思ったのですけど。

 

 

 

§大長考しました。

 

一応、私もブロガーとして、「将棋」のカテゴリーも設定しております。

 

 

 

でも、

 

“ミスが少ない、終盤戦が強い、

 

チョコやめん類が好物、はては、ご家庭の教育方針、云々“

 

そんなことは、皆様、各メディアの情報により、先刻御承知のはず。

 

 

 

同じことを書いても始まりませんので、

 

加藤一二三九段も“顔負け”の長考で、

 

(加藤先生は、一手指すのに、30分~1時間超の考慮時間を

 

費やすことが、非常に多かったのですね)

 

ツイッターに寄せたのが、以下の文。

 

 

 

ところで、つい先般、棋界の最高峰、佐藤天彦現名人が、

 

コンピューターに連敗するという「大事件」が起きました。

 

東京新聞:将棋ソフトに佐藤名人敗れる (TOKYO Web)

 

正直、私の存命中に、プロ棋士が将棋ソフトに敗れる日が来るとは、

 

全く想像すらしておりませんでした。

 

 

 

そのことも、思い出しつつお読みくだされば幸いです。

 

ときに、140字にまとめるのがタイヘン(苦笑)。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

将棋というゲームは、誘惑と陥穽の多い点で、人生と似ている。

 

今、人工知能が人間に勝ってるのは、

 

勝利欲・名誉欲とか、恐怖心(相手及び自己に対して)が無いというのが大きい。

 

今の藤井四段も、そんなことが言えるのかも。

 

このまま、真っ直ぐに成長されたら、大棋士になられることでしょう。

 

~~~~~~~~~~~~~~~6/26てんけい(@tenkeitw) | Twitter

 

 

 

「真っ直ぐに成長されたら」なんて、“読み方”によれば、

 

たいそう偉そうな言い方に受け取られるかもしれませんので、

 

ちょっと、ご説明を。

 

 

 

私が、藤井聡太四段のインタビューをTVで観ていて驚くのは、

 

「礼儀や、ご発言が、とても中学生に見えない」ということなのですね。

 

 

 

“本人の生まれ持った性格もあるのだろうが、

 

これまでの親御さんの躾けも、ご立派なことだ

 

ただし、棋士生活は今後が長いのだから、

 

これからが大変になる“といった意でした。

 

 

 

§神谷先生からのエール。

 

神谷広志八段のメッセージが(私に言わせたら)秀逸。

 

6/27スポーツニッポンの記事から、一部抜粋引用します。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

本紙(筆者注:スポーツニッポン紙のこと)を通じ藤井に色紙で

 

甘い言葉で寄ってくる大人に気をつけて」のメッセージ。

 

~~~~~~神谷八段、藤井四段へ“親目線”エール Sponichi Annex

 

 

 

神谷広志八段は、藤井聡太四段に破られるまでの、連勝記録保持者。

 

最近の、メディアを通じてのコメントや、上記のメッセージを拝見しても、

 

神谷先生、なんとも、嘘のつけない正直な方だとお見受けしました。

 

 

 

将棋ファンはもちろんのこと、多くの人々は、藤井聡太四段を、

 

驚愕・畏敬・憧れ等々のまなざしで見ているのですが、

 

彼のことを、“金のなる木”としか見ない輩も、世の中には

 

(残念ながら)ゴマンといるのです。

 

神谷広志八段は、そのことについて、警告されたのでした。

 

 

 

 

 

とまれ、大天才の出現に巡り合えたのは、なんとも幸福なこと。

 

何よりも、御健康にはお気をつけられますように。

 

楽しみ、楽しみ…。                 (おしまい)

 

*7/2 若干加筆を施しました)

 

 

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2016年9月 1日 (木)

四たび『アメイジング・グレイス』によせて/本田美奈子.さんにも金メダル!?

§敗れざる者。

将棋ジャーナリズムは、囲碁界のそれと比べると、

一手も二手も遅れているような気がするのですが、

それら棋書の中では五指に入る名著(ハイ、私見です)、

『敗局は師なり』(中平邦彦著)を、ふと思い出していました。

“そのフレーズ、聞いたことがあるよ”とおっしゃる方も多いと思います。

「難局は最大の恩師なり」という言葉もありました。ほぼ、同義語ですね。

 

この本、数名の名棋士の、それぞれが負けた将棋を集め、

単にその勝負の指し手を追うのみならず、対局当時の心境のインタビュー、

盤上に現れなかった隠れた読み筋、勝負師独特の心理的駆け引き

敗因の探究、そして各々の棋士にとって、その敗戦の持つ意味等々を、

中平邦彦氏の御麗筆で綴られた、“ドキュメント風エッセイ”です。

 

なぜ、こんなことを書いているかと申しますと…

あまり、オリンピックには興味が無い私ですが、

卓球の福原 愛選手のシングルスは、お盆休暇中につき、

しっかりと観戦出来ました。

惜しくも、福原選手は、メダルを逸しますが、

続く団体戦では、3位決定戦で勝利を収め、銅メダルを獲得されましたね。

 

ゲーム直後の福原 愛、石川佳純、伊藤美誠3選手、

いわゆる“卓球三姉妹”の、各人各様のインタビューを聞きながら考えたのですが、

中平邦彦氏の著作のひそみに倣えば、

「この3人こそ、言葉の正しい意味で、“敗れざる者たち”ではないか」

そう思ったのです。

金メダルよりも価値のあるものをこの3人は、得たに違いない“―

これが私の感想でした。

 

§本田美奈子.さんにも金メダル!?

さあ、4回目の『Amazing Grace』であります。

表題の「本田美奈子.さんにも金メダル!?」についてですが、

「いったい、どういう意味?」と、訝しく思われることでしょうが----

ましてや、つい先ほど、“金メダルよりも価値のあるもの云々”と書いた直後に

この有様ですから、拙ブログが、「さっぱりわやくちゃ」たる所以であります。

 

 

本田美奈子.さんが天界に還られて後、多くの方々が追悼のコメントを

寄せられていました。

でも―私だけの思いかもしれませんけども、

声楽界の方からのそれは、やや少ないような気がしておりました。

(もちろん、本田さんの演奏は、純然たるクラシック声楽とは異なります)

 

ただ、ブログとかメールとかを通じて、本田さんへの優しいお気持ちを

間接的に伝え聞いたことも、再三には亘りますが、

この度のようにご自身の言葉で綴られた文章を拝見しますと、

やはり、感激もひとしお、なのですね。

 

 

前置きが長くなりました。

私が、このたび注目したのは、増田いずみさんのFacebookです。

 

増田いずみさんにつきましては、過去にもご紹介致しましたね。

増田いずみさん―「ポップ・オペラ」の世界。2007/11

あと、当時“話題”になった(ホント?)こんなブログ。

ヘイリーさんのライブに行ってきました。<その3>2008/09

 

 

本題です。全文、引用いたします。

時はやや遡りますが、713日の増田いずみさんのサイト。

 

(引用開始)~~~~~~~~~~

713日 ·

本田美奈子さんが歌うアメージンググレイスは、ご存知ですか?20代の方は知らないかもしれませんね

 

2003年、私も、美奈子さんも、クラシカル クロスオーバーの世界に飛び込んだアルバムデビューの年が同じ。

当時、私のアルバムは、いつも美奈子さんの隣に並んでいました。アイドルから、ミュージカルの勉強にNYにいったときもびっくりでしたが、クロスオーバーの世界に飛び込んだ彼女の情熱は、尊敬を飛び越え、畏敬。

どれだけのレッスンを重ねたことでしょう。いつか、お目にかかりたい!と憧れの存在でした。

それから2年後他界した彼女への私の寂しさ、悔しさ、、いろんな想いが強くて、ファンの方にも申し訳ないような、自分のなかで、なんだか解決できないモヤモヤがあり、この歌詞でアメージンググレイスを歌うことは遠慮していました。

美奈子さんが星になって11年目になり、もう、気持ちを切り替えてもいいんじゃないかな、、と。

星の輝く、このイベントなら歌えるかも

乗り越えなきゃいけない、と勇気を出した、最初の一歩です

美奈子さんが歌う アメージンググレイスは、私のなかで、いつまでもキラキラ輝く星なのです。

それから2年後他界した彼女への私の寂しさ、悔しさ、、いろんな想いが強くて、ファンの方にも申し訳ないような、自分のなかで、なんだか解決できないモヤモヤがあり、この歌詞でアメージンググレイスを歌うことは遠慮していました。

美奈子さんが星になって11年目になり、もう、気持ちを切り替えてもいいんじゃないかな、、と。

星の輝く、このイベントなら歌えるかも

乗り越えなきゃいけない、と勇気を出した、最初の一歩です

美奈子さんが歌う アメージンググレイスは、私のなかで、いつまでもキラキラ輝く星なのです。

それから2年後他界した彼女への私の寂しさ、悔しさ、、いろんな想いが強くて、ファンの方にも申し訳ないような、自分のなかで、なんだか解決できないモヤモヤがあり、この歌詞でアメージンググレイスを歌うことは遠慮していました。

美奈子さんが星になって11年目になり、もう、気持ちを切り替えてもいいんじゃないかな、、と。

星の輝く、このイベントなら歌えるかも

乗り越えなきゃいけない、と勇気を出した、最初の一歩です

美奈子さんが歌う アメージンググレイスは、私のなかで、いつまでもキラキラ輝く星なのです。

それから2年後他界した彼女への私の寂しさ、悔しさ、、いろんな想いが強くて、ファンの方にも申し訳ないような、自分のなかで、なんだか解決できないモヤモヤがあり、この歌詞でアメージンググレイスを歌うことは遠慮していました。

美奈子さんが星になって11年目になり、もう、気持ちを切り替えてもいいんじゃないかな、、と。

星の輝く、このイベントなら歌えるかも

乗り越えなきゃいけない、と勇気を出した、最初の一歩です

美奈子さんが歌う アメージンググレイスは、私のなかで、いつまでもキラキラ輝く星なのです。

それから2年後他界した彼女への私の寂しさ、悔しさ、、いろんな想いが強くて、ファンの方にも申し訳ないような、自分のなかで、なんだか解決できないモヤモヤがあり、この歌詞でアメージンググレイスを歌うことは遠慮していました。

美奈子さんが星になって11年目になり、もう、気持ちを切り替えてもいいんじゃないかな、、と。

星の輝く、このイベントなら歌えるかも

乗り越えなきゃいけない、と勇気を出した、最初の一歩です

美奈子さんが歌う アメージンググレイスは、私のなかで、いつまでもキラキラ輝く星なのです。

 

それから2年後他界した彼女への私の寂しさ、悔しさ、いろんな想いが強くて、ファンの方にも申し訳ないような、自分のなかで、なんだか解決できないモヤモヤがあり、この歌詞でアメージンググレイスを歌うことは遠慮していました。

美奈子さんが星になって11年目になり、もう、気持ちを切り替えてもいいんじゃないかな、と。

 

星の輝く、このイベントなら歌えるかも

 

乗り越えなきゃいけない、と勇気を出した、最初の一歩です

 

美奈子さんが歌う アメージンググレイスは、私のなかで、いつまでもキラキラ輝く星なのです。(引用終了)~~~~~~~~~~

増田いずみ 寄せる歌 Official Fansite | Facebookより引用いたしました。

 

 

増田いずみさんは、国立音楽大学及び同大学院オペラ科を修了、

文化庁オペラ在外研究員に選ばれ、3年間ニューヨークのジュリアード音楽院に留学

というご経歴の、現役声楽家でいらっしゃいます。

 

文中にありますように、

 

「尊敬を飛び越え、畏敬」

「どれだけのレッスンを重ねたことでしょう。いつか、お目にかかりたい!

と憧れの存在でした。」

 

これを、本田美奈子.さんへの最大級の賛辞と言わずして、何と言うべきでしょうか!

 

本田さんを、単に同じプロ歌手としてだけではなく、

音楽界に身を捧げた同志、或は戦友として、想っていらっしゃるのでしょう、

友情と敬愛に溢れたお言葉をいただき、胸が熱くなりました。

 

 

本田美奈子.さんにも金メダル」!!

いかがでしょう、これは決して「てんけい」の空言でも、

妄想でもないということが、お分かりいただけたでしょうか!

 

 

「この歌詞でアメージンググレイスを歌うことは遠慮していました」

とのお言葉ですが、いえいえ、岩谷時子先生も、

本田美奈子.さんも、きっと喜ばれることでしょう、

これからもライブで、どんどん歌っていただきたく存じます。

 

 

拙ブログでは、皆様も、もう、“耳タコ”、いや、“目にタコ”状態でしょうが、

「本田美奈子.歌がつないだ“いのち”の対話」2008/03

お知らせです。【クラシカル・クロスオーバーオーディション】2015/03

司馬遼太郎氏の小説『竜馬がゆく』の中で、

俺は死なんよ」と名言を残した坂本竜馬が、続けてこう言っているのです。

(引用開始)~~~~~~~~~~~~~~

人間、仕事の大小があっても、そういうものさ。

だれかが灯を消さずに点しつづけてゆく。

そういう仕事をするのが、不滅の人間ということになる

~~~~~~~~(引用終了) (司馬遼太郎:『竜馬がゆく 四』より)

 

 

何度も書きます、「想いは受け継がれてこそ」なのです。

本田美奈子.さんも、さぞかし、お喜びのことでしょう!

そして……

増田いずみさんの御健康と、今後の益々の御活躍を、

本田美奈子.さんとご一緒にお祈りしております。  (おしまい)

 

 PS増田いずみさんによる

Amazing Grace』のご演奏(少し、時間が短いです)はこちら。

アメージング グレイス Amazing Grace - YouTube

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2015年8月14日 (金)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(8)~“安保法案”―吉田茂の歯ぎしり。

前回記事より、ずいぶんと日数が経ちましたが、これも毎度のこと。

安倍首相は、“戦後70年談話”なるものを発表するそうですが、

またも、問題の“火種”を提供するもとになるかもしれませんし、

そんな心配があるならば、そもそも

安倍首相は、談話を新たに出す必要すらありません。

それでなくとも、原爆投下、終戦の日…日本の8月は重いのです。

彼のせいで、これ以上この夏を重苦しくしてほしくはありません。

 

§言葉をもて遊ぶ安倍政権。

さて、前回からの、つづき。

8/3の毎日新聞のニュースより部分引用いたします。

URLは、http://mainichi.jp/select/news/20150803k0000e010181000c.html

 

~~~~~~~~~~(引用開始)

参院平和安全法制特別委員会は3日午後、安全保障関連法案に関して

「法的安定性は関係ない」などと述べた礒崎陽輔首相補佐官に対する

参考人質疑を行った。

礒崎氏は冒頭、「軽率な発言により特別委の審議に多大な迷惑をかけた。

国民、与野党に心からおわびする」と謝罪した。

法的安定性を否定する考えはなかったとする一方、

「大きな誤解を与えた」と発言を取り消し、首相補佐官の職務を

継続する意向を示した。

野党側は礒崎氏の辞任を求める。【高橋克哉、青木純】

(中略)

 安倍晋三首相は3日昼の政府与党連絡会議で「与党に迷惑をかけ申し訳ない。

もとより法的安定性は重要な考えの柱だ」と陳謝した。    

20150803日 1313分)

法的安定性発言:礒崎補佐官が謝罪…辞任は否定 参院特委 - 毎日新聞

~~~~~~~~~~(引用終了)

 

将棋用語で、「本筋」と、「無筋」という語があります。

「本筋」とは、棋理に適合した手のこと。言い換えれば、「好手」のこと。

「無筋」とは、その逆、別の言葉では「悪手」。

 

「法的安定性」という言葉が、具体的に何を意味するのか、

不可解な点もあるのですが、

『“法理念に適合するか、否か”の継続性』、ということだと理解しています。

そこで、野党側は礒崎氏の辞任を求める、というのは、

いかにも、「無筋」であります。将棋では「筋が悪い」ともいいます。

 

憲法解釈の変更を、強権的に行い、「集団的自衛権」を“合憲”にしたのは、

安倍晋三首相、その人なのですから、

礒崎補佐官のような“雑魚”―おっと、失礼申し上げました―は相手にせず、

堂々と、安倍首相に辞職を求めるべきであります。

 

“雑魚”の発言(またまた失礼)はともかく、

より問題なのは、安倍首相の、

もとより法的安定性は重要な考えの柱だ―」という言葉です。

これまでの経過を考えれば、

“解釈改憲”を主導してきた、安倍首相本人が、

他の誰よりも一番、法的安定性に欠けていることは、明らかなわけです。

そのことが、安倍首相自身が自覚できていないのならば、

日本国民は、彼の精神構造を疑わざるを得ないのだが---

 

 

もちろん、“安倍首相の精神構造”云々というよりも、

すべて、“分りきって”やっていますから、彼は「確信犯」に相違ありません。

 

国会での答弁、また今回の氏の発言を聞いていますと、

「二枚舌」ならぬ、「三枚舌」「四枚舌」またそれ以上でもあることは、

明白ですが、真相は、前回にも記したとおり、

自衛隊が、世界中どこの地域でも、

アメリカの“肩代わり戦争”をするための法案

今回の“安全保障関連法案”であります。

 

 

§ゴマメの…ではなく、吉田茂の歯ぎしり。

当ブログの「魔女は眠らない、聖女は眠れない」シリーズの

副題は、「ゴマメの歯ぎしり」というのが、定番なのですが、

今回は「吉田茂の歯ぎしり」となっております。

その理由は、過去に何度かご紹介した以下の文。

 

 

~~~~~(引用開始)

自分の国の文化的伝統、それを表現するための言葉の美しさに

誇りを持っていない人が武器を持つと、容易に外国の司令官に

顎で使われてしまうに違いない、

吉田茂がもっとも深く考えたのはこの点であった。敗けた国が軍隊を持ったら、

戦勝国のいいように使われて犠牲者が出る。

だから、軍隊を持たずにいきたい。

戦争には敗けたが、外交で成功した国にならなければと考えていた時、

憲法の草案を見て、吉田茂は膝を打たんばかりにして喜び、

「これでいこう」と言ったという話が伝えられている。(後略)

~~~~~辻井喬氏のコラムより(日経新聞200958日夕刊)

上記の文は、20098月に拙ブログにアップしました。

8・15に思う~正座して聴きたい音楽(?)土居裕子さん、再び。: SAPPARI WAYA

 

 

殊に、最近の政治家の日本語に対する感覚は、ひどいものがある。

また、マスコミも、安易な“言葉狩り”に走る傾向があります。

民族の貴重な財産である、

美しい日本語をもてあそぶようなことを続けていますと、

失うのは国際的信用だけではなく、

我が国の「文化力」も衰退していくのではないか―

私は、そのことを、大いに懸念しております。

 

 

ところで、中国の東シナ海での行動をどう見るかということですが、

それとは別に、

韓国・中国のアメリカ議会での“ロビー活動”は、

すさまじいものがある、といわれますし、

また、中国はアフリカ諸国での経済援助を、一層拡大しています。

軍事的対策と等しく、或はそれ以上に、日本の「文化力」の発信ということも、

併せて考えていく必要があります。

「吉田茂の歯ぎしり」を、今の、また将来の日本民族にさせてはならないのです。

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2015年5月20日 (水)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(5)~安倍政権、そんなに威張れたものではありません。

遅きに失した感がありますが(こんなこと拙ブログでは毎度のことで)、

昨年の衆議院選挙のことを書きます。

と申しますのも、→魔女は眠らない、聖女は眠れない(2)~衆院選投票日。

におきまして、

~~~~~~~~~~

民主党は、先の政権時の失敗についての総括を、公式に行っていない。

自己検証もできないようでは、政党としての存在価値は無し、ということです。

~~~~~~~~~~

と、書きました。

ならば、私も、先の衆院選についての総括をしておく必要があります。

 

 

さて、私は、この総選挙に際し、以下の主張を申し述べました。

~~~~~~~~~~

苦渋の選択として、比例区は共産党に入れます。

小選挙区は、HP『さよなら安倍政権』をご覧ください、

自民党候補に勝てる可能性のある候補者がピックアップされてますので、

その候補の名前を書きましょう。

1票でも多ければ,自公に勝てます。

~~~~~~~~~~魔女は眠らない、聖女は眠れない(2)~衆院選投票日。

このご意見は、この記事以前にも、一度ご紹介したことがあります。

実は、→JIROの独断的日記ココログ版より、ご教唆をいただいたものでした。

選挙結果は、皆様ご存じのとおり。

 

上記の“苦渋の選択”を採用された有権者も多かったのでしょう。

共産党は“躍進”したものの(これは、私の本意ではない)、

自民・公明の「解散前勢力維持」という構図は変わっていませんから、

私にとっては、大いに不満の残る結果ではありました。

この結果を受けて、―最近は、そうでもありませんが―

衆院選直後の頃は、「巨大与党」―なる語を、よく見聞きしたものです。

前述のように、確かに議席数を見ますと、

与党の合計は公示前勢力と同じ326議席で、参院で否決された法案を再可決できる

衆院の3分の2(317議席)超を維持していますから(数字は、2014/12/15当時)、

たしかに、そのとおりなのですが、

果たして、真の意味で「巨大与党」であるか、どうかを見極めることも大事です。

 

 

日経新聞のサイトより、引用いたします。→http://www.nikkei.com

~~~~~~~~~~2014/12/15 23:41

§衆院選分析 自民、得票率は48%どまり 議席占有率は76

得票率に比べて議席占有率が高くなる小選挙区の特性は、

今回の衆院選でもはっきり表れた。

自民党の得票は48%と半分以下だったにもかかわらず、

議席占有率では76%に達して、他党を圧倒した。

(中略)

有権者全体に占める得票割合は25%にとどまった。(以下略)

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS15H4Q_V11C14A2M10600/

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~~~~~~~~~~

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この日経記事では、公明党の得票率の記述はありませんので、

第47回衆議院議員総選挙 - Wikipediaを見てみましょう。

自公両党の得票率は、小選挙区・比例区合わせて約48%。

投票率は過去最低の52.66%ですから、

有権者全体から見ての得票率は、自公両党合計しても、

やはり、日経記事にありますように、約25%と言えるでしょう。

つまり、

この議席数は内実、国民の4分の1の支持しか得られていないものです。

 

ですから、現政権は、

そんなに威張れたものではない、

ということがお判りいただけると思います。

 

民主党については、

もしも、先の政権時の総括を国民に示していたなら、

もう少しは、票の上積みがあったかもしれません。

いずれにせよ、前にも書いたと思いますが、

最低でも今後10年、民主党は政権には復帰できないと思います。

(ただ、“皮肉”でもなんでもないですが、自民党と連立政権を組む可能性は残る)

 

 

上の日経記事に戻りますが、この議席数の“トリック”は、

「得票率に比べて議席占有率が高くなるという小選挙区制の特性」から生じます。

この小選挙区制は、「政治とカネ」の問題を断ち切る

「政治改革」の“目玉”として、導入されました。

しかし、この問題は、いっこうに収まっていないのは、ご承知のとおりです。

安倍改造内閣でも、望月環境相や宮沢経済産業相、また

西川農水相の政治資金問題がマスコミを賑わせました。

 

但し、ポイントはふたつ。

1. 結局、「政治とカネ」の問題は、選挙制度とは関係がない。

2. 紙面を賑わせた各閣僚の上記の事案は、実はたいしたことではない。

なぜならば、あの程度のカネで政治家は動かない、もっと巨大な利権構造がある

私見では、以上に集約できます。

 

結論。

表面的な枝葉末節の出来事ばかり追いかけていても、無意味です。

権力側の“思うツボ”ですね。

ジャーナリストは、もっと深層にある、

例えば、上に書いたような利権構造本体に斬り込まないといけません。

 

“好き放題”をやっている安倍内閣ですが、議席数とは裏腹に、

別に、超・絶大な支持を取り付けている政権ではないわけです。

仮に「巨大与党」などと言うのなら、そんな一面的な見方だけではなく、

マスコミはこのような点についても、政権に対し、

また国民に向かって、注意を喚起し続ける必要があるのです。

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

前回記事で、「将棋の半分の手」ということを書きましたが、

殊に、「3.11」以降、

私に言わせれば、今のマスコミは、「半分の手」以下という状態です。

取り上げ方も中途半端で、記者連中の資質そのものも、

ひと昔前より、低下しているように思います

 

将棋はお互いに一手ずつ指し進めるゲームですから、

「半分の手」の出現は、初心者から名人まで、

絶対に避けることが出来ません。

 

でも、ジャーナリズムについては、そんなことは、通用するはずがない。

“大本営発表”の情報を、そのまま垂れ流しているようでは、

「民主主義の危機」と言えます。

だからこそ、マスコミ界全体の猛省を促すものです。

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2015年4月27日 (月)

忘れようとして(21)~将棋における「半分の手」。

「半分の手」という将棋の術語があります…

 

と、書きかけて、ネットで検索したところ、一般的な語彙ではないようですね。

もう、数十年前のことですから、この言葉、棋士の方が語っていたのか、

観戦記者が使っていたのか、とんと記憶にありません。

そこで、この「半分の手」の“説明”(というほどのものでもありませんが)

から始めます。

 

 

「半分の手」は、多くの場合、「守り」に関するときに出現します。
(「多くの場合」という言葉を加えたのは、筆者の自信の無さの表れです)(苦笑)

将棋は、一手ずつ交互に指すものですが、

「半分の手」は、その「一手の価値」が無い、

つまり、“2分の1”相当の価値でしかない、という意味ですね。

 

例を挙げます。「矢倉囲い」という将棋の駒組みをご覧ください。

矢倉囲い - Wikipedia

この「矢倉囲い」は、相居飛車持久戦における、最良の陣形とされ、

今も、プロ・アマ問わず、盛んに指されている形です。

 

(注:持久戦=ゆっくりした戦いのこと。同じ相居飛車でも、

激しい戦い=急戦の場合は、「矢倉囲い」を目指すことは却って危険です)

 

最初に出てくる図が、一番オーソドックスな「矢倉囲い」の完成形。

この形は、「金矢倉」と呼ばれることもあります。

問題は、この“一手前”の局面なのですね。

 

1 .王様が“入城”せず、まだ「金」の下、「桂馬」の右

盤面の“符号”で言うと、「7九」の地点に有る場合…

2 .あるいは、王様は入城して「8八」ですが、「金」がまだ最下段の「6九」のままで、

王様の横側が“素通し”の場合…

 

いずれの局面も、囲いが完成してはいませんから、

本格的な戦いに入るのは、禁物です。

特に、「2」の例では、王様が危ないのはもちろん、孤立している「6九」の「金」も、

相手からの攻撃の標的になりますから、陣形としては“最悪”といえます。

 

あと一手を指せたら完ペキな「矢倉囲い」になる…

その直前の指し手、つまり、「二手一組」の手順になりますから、

これが、「半分の手」と言われる所以です。

 

 

将棋は、お互いに一手ずつ指す競技です。

仮に「一手」を「1ポイント」としたら、「半分の手」は、「0.5ポイント」にしかなりません。

将棋を数値化することは、複雑なロジックを構築しなければなりませんが、

 

(また、数値変換の際には、そのポイント付与に際し、どうしても、

「個人的主観」が介入します)

 

そういったポイントの積み重ねが、結果として、

勝敗に大きく関係することは当然のことです。

 

ただ、将棋を指される方ならば、ご経験が必ずお有りと思います…

「将棋は、後から悪手を指した方が負ける」ゲームといわれます。

また、逆に、

悪い手を指しても、もし、それが相手の“お付き合い”の悪手を誘発 したならば、

自分の悪手が、逆に「好手」になってしまうのです。

 

 

将棋の数値化についての複雑性は、そんなところにも存在しますが、

ともあれ、「半分の手」を指すときには、

細心の注意を払う必要がある、というわけです。

さて、こんなハナシを思い出した理由なのですが…

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2014年9月23日 (火)

まだまだ古いハナシ~「W杯サッカー」の感想。

(前回のつづきです)

決勝トーナメント進出ならず―その瞬間、日本代表の全選手の表情に、

悔しさと無念の思いが表れていました。

茫然と立ち尽くしたり、仰向けに倒れてしまう選手、その場に座りこんでしまう者…

 

“こんなはずではなかった”

 “自分たちのサッカーが出来なかった”

やり場のない想いが、そうさせたのでしょう。

ただ、考えてみれば、タイム、または審判による得点を競う個人競技ではなく、

「相手」が存在する対戦型競技においては、こんなこと、日常茶飯事なのです。

 

私のような、下手な素人将棋を引き合いに出してはいけませんが、

“今日は一番、あの戦法でやっつけてやろう”と策をめぐらせていても、

盤に向かってしまえば、そんな作戦どおりに進むことなど、まず、皆無です。

 

前回ご紹介しました、5級が初段を平手で負かすことのできる戦法」にしても、

―やや専門的になり、恐縮ですが―

仮に、相手から△4四歩と、角道を止められたら、

もう、相掛かり腰掛け銀戦法に誘導するのは、至難の業になるのです。

 

「事、志と違ふ」

 

「勝負事」だけではなく、すべからく、「現実」というものについては、

常に、この言葉があてはまりそうな気がします。

 

 

日本のサッカーも、世界から“研究される対象”になった、ということですね。

相手も対策を積み重ねてくる中で、

自分たちの意図するゲーム展開を、どのくらいまで表現し得るか、

それが、これからのアギーレ監督・日本代表チームへの課題かもしれません。

 

 

多くの日本人サポーターの方々の期待と同様、今回のW杯日本代表は、

私も、“史上最強”と思っておりました。

中でも、長友佑都選手は、「てんけい」“イチ押し”の大ファンでしたね。

あの広いスタジアムの端から端まで走り続ける、

長友選手の姿を見ているだけで、私は元気をもらえます。

 

その長友選手をめぐっての、以下のような映像があったのをご存じでしょうか。

私は、6/24以降、ネットにて発見いたしました。

こんなシーンに接することができただけでも、

このたびのW杯は価値があった、と言っても差支えないと思います。

毎度おなじみのYou Tubeです。

長友をなぐさめるコロンビア選手たちに世界が感動!

最近はYou Tubeの削除されるサイクルが非常に早いので、

1枚だけ、写真をご紹介しておきましょうか。

参照元URLは、→ ALLE.JPです。

Bq71kD0CEAA3vy9 252x300 【W杯】長友の涙…多くの選手から愛される長友佑都を振り返る

 

「泣くな、長友!明日がある!」なんてことは申しません。

 

 

「明日」は“創る”ものだからです。

(と書きながら、自分に言い聞かせているのですけど)

 

 

ただ、こんなに全世界の人々が深い感動を分かち合った

W杯サッカーですが、今なお、この地球上のどこかで、

戦火の絶えることはありません。

パレスチナは、今はようやく停戦になりましたが、次は、イラク、シリア―

人間の“業の深さ”を思い知らされます……

 

 

やむなく―とは申すものの、古い話題が続いてしまい、お恥ずかしい限り。

長文乱文妄言多謝。                     (おしまい)

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2014年8月19日 (火)

古いハナシですが~「W杯サッカー」の感想。

サッカー日本代表の新監督に、メキシコのハビエル・アギーレ氏が就任されました。

本日は前回のつづきで、「W杯サッカー」がテーマです。

尤も、サッカーには、小生、まったくの門外漢なのですが、

ただ、野球の方は、それよりも、多少は詳しい“つもり”です。

南海、ヤクルト、阪神、楽天、と各プロ野球チームの監督を歴任された、

野村克也氏が

野球は、弱い者が強い者に勝てるゲームです

と、よくおっしゃっていました。

 

“そういえば、将棋でも、そんな戦法があったよなー”ということで、

思い出したのが、前回記事の「飛車先交換相腰掛銀戦法」でした。

(もちろん、日本チームが級位者で、他チームは有段者、

なんて無礼な考えは微塵も持っておりません)

 

サッカーにおいて、そのような作戦があるのか無いのか、

私は知りませんし、それは、監督、スタッフ、選手が考えて実践すること。

そして、日本代表は、独自の作戦を練りに練って、

今回のW杯サッカーで、それを実行に移したはずです。

 

 

ネットでは、日本チームに対し、非難的なコメントも読みましたが、

私見では、ザック監督と、日本選手団は、

日本民族の代表として、実によく戦ったと思います。

善戦でした。

 

さて、なぜ私が「野球は、弱い者が強い者に勝てるゲーム」という、

野村氏のコメントを思い出したか、ということですね。

 

ご存知のように、日本チームの1次リーグの結果は、以下のとおりでした。

6/14       日本 1 - 2コートジボワール

6/19 引き分け  日本 0 - 0 ギリシャ

6/24       日本 1 - 4 コロンビア

 

次に、国際サッカー連盟(FIFA)6/5発表のランキングを見てみますと、

日本は46位で、
 
コートジボワール23位、ギリシャは12位、コロンビアは8位です。

まず、予選を勝ち抜いて、「ランキング46位」のチームが、

W杯の32ヶ国の内に食い込んだことは、称賛されねばなりません。

 

この3試合のゲーム内容の詳細な分析は、専門家に任せるとして、

他の3ヶ国のランキング、そして、021引き分けの戦績を考慮しますと、

この結果は、惨敗というには当たりませんし、

また、決して絶望的な数字でもない、というように考えます。

 

最後の試合となった、対コロンビア戦のスコア1 –4は、

後半、守備陣を薄くして、攻撃に思い切りウェイトを置いたためで、

やむを得ない失点であったと申せます。

 

 

ここで、またまた、将棋のハナシに戻り、恐縮ですが、

米長邦雄九段・永世棋聖の有名な言葉に、以下のようなものがあります。

 

「相手の大事な一戦に勝ってこそ、運がまわってくる」

 

具体的に、どういうことかと申しますと、

将棋よりも、もっと皆様に身近な大相撲に例えてみますね。

 

千秋楽に対戦する相手の成績が77敗だとします。

自分は86敗で、既に「勝ち越し」が決まっている、

もしくは、もう、68敗「負け越し」ている場合。

つまり、自分は、勝とうが負けようが―あえて言えば―そんなに変わらない。

(このような言い方は、大相撲のファンの方から“物言い”がつきそうですが)

 

米長邦雄永世棋聖の言によると、

“こんな一番こそ、全身全霊でもって、相手を負かしにかからなければいけない、

それが勝負師の道である“という意でしょうか。

 

 

ただし、このような事例が、現実として体験できるのは、

プロの場合に限られるかもしれません。

よって、われわれアマチュアとしましては、想像力を働かせる必要があるのですが、

要するに、よく言われますように、

“プロは、いかなる場合でも、常に最高度のパフォーマンスが要求される

ということになると思います。

 

 

ご承知のように、コロンビア代表は、既に1次リーグ突破を決めていましたね。

が、しかし、試合の後半、日本代表の捨て身の攻めをかわして、

“返す刀”で、鮮やかな「介錯」を決めたあたりは、チームとして当然のこととはいえ、

まさに米長永世棋聖の至言に沿った展開で、

これこそ“サムライ”ではないか!」―そんな私の感想でした。

 

1993年の、あの有名な「ドーハの悲劇」の実況は、ラジオで聴いていた私ですが、

今回の対コロンビア戦は、TVを見ていました。

キック・オフには、間に合わなかったものの、

主審の試合終了を告げるホイッスルまで―

よく“非情なホイッスル”などという形容がありますが、

私が申すならば、それこそが、神の啓示にも匹敵する、

勝者と敗者を峻別する、最も厳粛な瞬間なのです―

しっかりと観戦できたのは、誠に幸運でした。    (つづく)

~~~~~~~~~~~

(ちなみに、将棋における“ゲームセット”は、サッカーのようなスポーツのそれとは、

また異なった様相を見せます。拙ブログ→「将棋には、『理外の理』がある」

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2014年7月31日 (木)

忘れようとして(20)~将棋で、5級が初段を平手で負かすことのできる戦法!

唐突ですが、将棋のハナシであります。

かって、アマチュア将棋で、

5級が初段を平手で負かすことのできる戦法」といわれた作戦がありました。

 

拙ブログに来られる方は、将棋にお詳しいとは限りませんので、

(尤も、強い方からは、逆に御批判もありそうで)

この将棋の説明の前に、まず、「平手」という術語の意味を申し上げましょう。

「平手」とは、“ハンディなし”=互角で、ということです。

ゴルフに例えるならば、「スクラッチ」に相当します。

では、将棋では、どのようにハンディをつけるのでしょうか。

 

 

私の子供の頃は、

将棋を覚えたての人なら、2040級、

プロの先生に「二枚落ち」で勝てたら初段、などと言われていました。

(これは、評価する人物によって、マチマチではありますが)

 

上記の「二枚落ち」と申しますのが、いわゆる“ハンディ”のことで、

上級者が、飛車と角の大駒2枚とも無い状態で指すことをいいます。

言い換えれば、攻め駒が無い陣容ですから、

ボクシングでいうと、“両手”を使わずに対戦するようなものです。

 

将棋をご存知ない方にすれば、

“それじゃあ、どうやっても勝てるんじゃない?”と思われるでしょうが、

ところが、ところが、「二枚落ち」でプロに勝つには、アマ初段の棋力が必要です。

(最近は、たとえ負けたとしても、恰好がついていれば、免状が許されることも

あるようです、いずれにせよ、“ケース・バイ・ケース”ですが)

 

日本将棋連盟による現在のハンディの基準は、以下の通り。

数字は段級差を表します。「上手」(うわて)とは、上級者のことです。

~~~~~~~~~

0  「平手」 振り駒で先手を決める

1  「先」  下位者を先手とする

2  「香落ち」 上手が左側(角行のある側)の香車を落とす

3  「角落ち」 上手が角行を落とす

4  「飛車落ち」 上手が飛車を落とす

5  「飛香落ち」 上手が飛車と左側の香車を落とす

6-7 「二枚落ち」 上手が飛車と角行を落とす

8-9 「四枚落ち」 上手が飛車と角行、両方の香車を落とす

10以上 「六枚落ち」 上手が飛車と角行、両方の香車と桂馬を落とす

~~~~~~~~

戦前は、プロ棋士間でも、

上記の“ハンディ将棋”、つまり駒落ち将棋が普通でした。

但し、ハンディの内容は、上記とはずいぶん異なっていました。

例えば、2局、3局指して、それが1回分の勝負とみなされたものもあったのです。

 

そして戦後―あらゆるジャンルにおいて、その価値観が一変しましたが、

もちろん、将棋界もその例にもれることなく、現在のように、オール平手となりました。

 

要するに、世の中すべてのスピードが速くなり、また、“セチ辛く”なったのです。

同じ相手と駒落ち将棋を2局、3局も指すヒマもないし、

それに、駒を落としたために、もし負けたりしたら、

“おまんまの食い上げ”になりかねない―そんな理由からではなかったでしょうか。

 

プロ同様、現在では、アマチュア間でも、駒落ちを指すことは、

滅多にないことかもしれません。

初段と2級の対戦でも、

“では、香車を1枚取り除きましょうか…”

なんて場面は、将棋の会所以外では、見られないと思います。

(やや専門的になりますが、この「香落ち」というハンディは、必ずしも、

下位者の有利には機能しない、という側面もあるのですけどね)

 

 

さて、将棋におけるハンディの説明は終わりました、

そこで、お待ちかね(?)の

5級が初段を平手で負かすことのできる戦法」の解説ですね。

5vs初段ですから、本来は「飛車香落ち」が、標準のハンディになる処。

 

ただ、「解説」と申しましても、私のような“ヘボ将棋指し”が

偉そうに言う資格もありませんし、将棋にご興味の無い方も多いと思いますので、

名称だけ挙げておきます。

戦後に大流行した「飛車先交換相腰掛銀戦法」というのがそれ。

相掛かり腰掛け銀戦法」も同義です。俗に、「ガッチャン銀戦法」ともいわれました。

 

さて、なぜ、5級が初段を平手で負かせるのかという問題に戻ります。

「勝負は時の運」とか、「運も実力のうち」などとよく言われます…

それも、もちろん真理ですが、“それを、言っちゃあ、おしまいよ”ですし、

また、このような非論理的な議論は、

何事においても、課題の所在を曖昧にしてしまうことがしばしばです。

と、まあ、“ヘボ将棋”の「てんけい」にとっては、大げさになり過ぎましたが。

 

 

実は、この形の将棋は、非常に激しい戦いになることが多いのです。

普通の将棋なら、“陣形の整備→開戦→敵陣を崩す→王様を取りに行く”

というようなステップを踏むのですが、

この「飛先交換腰掛銀」という戦型は、

守りにも手数をかけませんから、開戦と同時に、互いの王様に肉迫する、

というパターンになりがちなのですね。

 

クルマの運転に例えますと、通常の将棋が4050km/hの市街地走行ならば、

「飛先交換腰掛銀」は80km/h超の高速モード、ということです。

ごくわずかの操作ミスが、大事に至ることにもなりかねません。

別の言い方をするならば、

1局に要する総手数も、比較的少なくなります。

ということは、1手に係る“比重”=価値の重要度が相対的に大きくなりますから、

万一、大きなミスをした場合、たとえ上級者でも、

挽回が困難になる、ということですね。

 

5級が初段を平手で負かせる!!

その理由、なんとなくお判りいただけたでしょうか―…。

 

 

なぜ、こんな話題を持ち出したかと申しますと、

前回記事の「W杯サッカー」の日本代表の最終戦を観戦していて、

フト、こんな将棋のハナシを思い出したからなのです。   (つづく)

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2014年6月24日 (火)

(再び)「3.11」は終わっていない~W杯サッカー決戦前夜。

将棋の格言に「助言に受けなし」というものがあります。

「助言」とは、どういうことかと申しますと、

将棋の対局者以外の観戦者が、横から“口出し”をすることです。

 

 

助言に受けなし」という格言の意は、

 

“おおよそ、助言なるものを聞いていると

―ここは、この歩を突いて攻めよ、とか、

飛車を切って、金を捨てれば王様は既に寄っている―

等のように、やたらと威勢のいい『攻め』についてばかりで、

『ここは、このように自陣に手をいれて、渋く受けるべきところ』

というような『受け』についての助言は、全く無いものだ“

 

くらいの意味でしょうか。

誰しも、『受け』よりも、『攻め』の方が気持ちがいいものです。

まして、アマチュアなら、なおさらのこと。

 

しかし、『攻め』ばかりでは、

―将棋に限らず、どんな競技でもそうですが―

なかなか勝ち切れるものではありません。

 

 

W杯サッカーの、ゴールシーンばかりのダイジェストニュースを観ていて、

ふと、そんな将棋の格言を思い出しました。

 

 

日本チームは2試合を終えて、ネット上でも、色々な意見が飛び交っています。

浅田真央選手のときにも記しましたが、

「升田式石田流」と浅田真央選手のこと。: SAPPARI WAYA

『“神様”ばかりの集団に、そんな言い方はないでしょ』

と思えるカキコも多くありました。

 

たまたま手にした、6/21の「スポーツニッポン」紙に、

私が感動した記事がありましたので、引用させてください。

12版の第5面、

スポーツライターの金子達仁氏の「W杯戦記」というコラムの終章です。

~~~~~~~~~~~~

(前略)

まだ日本の男子には、ここまで追い込まれた状況から、

逆転を演じた経験がない。

ドイツ人であれば、すがることのできる、

先達が刻んできた奇跡の歴史が、まだない。

だが、同じように勝った経験がなかったにもかかわらず、

なでしこは世界の頂点に立った。

 

あの時、彼女たちは何を自分の支えにしたのか。

 

スポーツにおける苦境など比較にもならない、

未曾有の大惨事に見舞われながら、

それでも歯を食いしばって、

立ち上がろうとしていた人たちの存在ではなかったか。

 

侍たちよ、思い出せ。

あの日と、それからの日本を。     (了)

~~~~~~~~~~~~(引用 筆者)

今回、そんなに多くの評論に、目を通したわけではないのですが、

金子達仁氏のこのコラムが、最も、的を得ていると思いました。

 

 

金子氏の結論は、手アカにまみれた精神主義とは異質なものと考えるべきでしょう。

それは、安易な言語化を拒む、時間・空間的、また質量的にも、

深く、広大、かつ無限の重さを考えねばなりますまい。

ただ、それは“サムライ”たちにとって、

決して負担にも、重荷にもならないはずである。

なぜなら、それらは、既に彼らに備わっているものだからです。

 

 

“決戦”の日、堂々と胸を張って、

監督はじめ、彼らがピッチに立つことを願います。

 

 

将棋の戦法「ツノ銀中飛車」、といえば松田茂役九段の代名詞でした。

かの大山康晴十五世名人も指された、優秀な作戦です。

この「ツノ銀中飛車」が、「風車(かざぐるま)」へと変化し、

また「英ちゃん流中飛車」(五筋不突中飛車)へと発展、

そして、現在、大流行の「ゴキゲン中飛車」に至ることは、

将棋ファンならご存知でしょう。

 

その松田茂役九段が、ある中盤の難所の局面を示されました。

先手、後手、いったいいずれが有利か。

どう攻めるか、どう守るか、実に悩ましい。

松田九段の結論は、こうでした。

 

「形勢不明と思って、最善をつくせ」    (この稿、了)

------------

PS:松田先生、及び「ツノ銀中飛車」についての解説はこちら。

松田茂役 - Wikipedia

ツノ銀中飛車 - Wikipedia

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2014年2月20日 (木)

「升田式石田流」と浅田真央選手のこと。

1971年の第30期将棋名人戦、

当時の大山康晴名人に挑戦したのは、彼の兄弟子、

升田幸三九段であった。

この戦いは、棋史に残る名勝負として、

今なお、多くの人々の記憶に残る。

 

 

昭和、いや平成を通じても、不世出の大天才棋士といえよう、

升田九段がそのとき採用した戦型とは、

石田流―。

幕末の盲人棋士:石田検校(けんぎょう)が創り出した戦法

といわれるが、大きく二種に大別できる。

 

 

「石田流本組み」と「早石田」がそれ。

「石田流本組み」は、将棋における理想形のひとつとして、

現在でも、その優秀性が認められているが、

問題は、後者の「早石田」。

簡単に言えば、極めて“トリッキー”な作戦で、

相手が引っかかってくれれば、一挙に優勢になるが、

キチンと応対されると、不利になる―よって、

「『早石田』はダメ」というのが、プロ棋士の中での定説であった。

 

そんな”常識”に、挑んだのが、升田九段。

この「早石田」に独自の工夫を加え、

新しい戦法に生まれ変わらせたのである。

 

 

この新戦法、「升田式石田流」と呼ばれた。

 

 

升田九段は、自身の心血を注いだこの戦法を試すにあたり、

名人戦、という最高の”ヒノキ舞台”こそがふさわしい、と考えたのだろう。

 

 

びっくりしたのは、大山名人ではなかったか。

不利、といわれている「早石田」を升田九段が指しているのだから。

しかし、よくよく読んでみると、狙いは鋭く、深い。

うかつに手を出すと、自分のほうが斬られてしまうではないか……

 

この期の名人戦は、最終局の第7局までもつれこみ、

43敗で、辛くも大山名人が防衛に成功する。

しかしてこの名人戦7局の内、「升田式石田流」で戦われたのは、

実に、5局に達する。

 

 

升田九段は、自身が編み出したこの「升田式石田流」の成否に、

棋界の最高位「名人位」を賭けたのである。

結果、それまでの定説を覆した、この「升田式石田流」、

当時のアマ棋界でも、大流行することになった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もう、筆者の言いたいことは、だいたいお判りのことでしょうが…

 

「トリプルアクセル」こそが浅田真央選手が磨き続けてきた“一剣”であろう。          

ならば、この剣、今抜かずして、いつ抜かんとするか。

 

勝敗は兵家の常、勝つか負けるか、二つにひとつ。

確率50%ならば、踏み込んでみるのも理にかなう、というものである。

 

忘れてならぬのは、プロ棋士もそうだが、五輪選手も、

大天才、いわば神様であり、

住む世界も、考えることも、

われわれ市井人とは異なる別次元のことである、ということ。

 

“プレッシャー”とか、“オリンピックに棲む魔物”だとか、そんな

手垢のついた常套語句で済まされるものではない。

 

さらに、

あらゆる“同情”も、“激励”も、「神様」に対しては

(罵倒と同じく)無礼で、また無意味である。

ならば、我々凡人はどうするか。

 

数時間後には、すべてが終わる。

その瞬間まで、ただただ無心で時の流れの中に居ればよい。 

 

吉と出るか、はたまた否か。

 

先に「すべてが終わる」と書いたが、それは同時に、

「新しい始まり」(私たちにとっても、浅田選手にとっても)を意味する。

「時の流れ」とは、所詮そういうものである。

              (文中一部敬称略)(長文乱文妄言多謝)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

PS:「升田式石田流」の簡単な解説があります。

石田流 - Wikipedia

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