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2024年3月31日 (日)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(41)~~~~~~~~~ 「戦艦『大和』反転の真相」深井俊之助氏(その7)

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Amazon 戦艦「大和」反転の真相

 

(前回よりのつづきです)

 

レイテ沖海戦は194410月のことでしたので、

今年はちょうど80年目にあたります。

 

さて、本書「戦艦『大和』反転の真相」を通読した際は、

“なるほど、これは有力な説かも”

と感じたのですが、もちろん一部に“疑問”な箇所もありました。

 

2023年11月の記事において、

本書の深井俊之助氏の主張を引用しました。

つまり、氏の論としては、

「『ヤキ1カ電』は、ねつ造であり、

そもそもレイテ湾に突入するつもりは

なかったのではないか」ということですが、

その理由を再掲します。

 

*************************

1.優秀な「大和」の通信機器・通信班では受信していない。

2.通信要員が一部しかいない栗田艦隊の通信班が受信したと。

  (出発して早々に旗艦「愛宕」が沈められたため、栗田艦隊司令部は

「大和」に移乗していました)

3.発信者も受信者も記されていない電報など存在し得るか。

*************************

 

深井氏は、本書中で他にも論点を述べられていますが、

ド素人の私でも、“そこはどうか---”と思い、

あえて紹介しませんでした。

本日はそれらを紹介してみます。

「『栗田艦隊の反転』は予定どおりだった」

という深井氏の推理の根拠です。

 

(引用開始)*************************

小澤艦隊については、

「旗艦を軽巡『大淀』に変更」

との電報から、

空母を沈められた代償におとり任務をまっとうしたと

私は確信していた。

*************************(P.200

 

栗田艦隊の参謀たちは、

小澤艦隊のおとり作戦が成功していたとは、

判断していませんでした。

あとひとつ。

 

(引用開始)*************************

レイテが見えそうな距離まで進撃しながら

(栗田艦隊が)反転した位置と時間である。

これは、海図で見ると翌日にシブヤン海を通って

パラワン水道の西へ抜けて敵の航空攻撃を避けうる、

じつにきわどいタイミングである。

*************************(P.212

 

当初の計画に従って、レイテに向かわずに反転したのだ、

という主張として、上記のように書いておられます。

 

 

まず、最初の「小澤艦隊の電報」から。

さすがに、この文面で「作戦成功」と読み取ることは

難しい、と思います。

それならば、前もって“暗号”を決めておくべきだったと

思いました。

「捷一号作戦」などと仰々しい名前を付した割には、

こんな基本的(かつ最重要)なことも

なされていなかったのでしょうか。

 

次に、「反転した位置と時間」です。

当時の栗田艦隊は、味方にせよ、敵にせよ、

正確な位置や戦況など、とても把握出来ていなかったのが実情です。

ですから、これはさすがに「偶然」であり、

戦後、両軍からの検証を得て導き出された

“結果論”に過ぎないと考えます。

 

話は戻りますが、「ヤキ1カ電」とは本物なのか、

また、ねつ造だったのか。

これは永遠の謎かもしれません。

 

ただし、深井俊之助氏が、非常な力点を置いて

述べておられた一文がありますので、

これだけはぜひとも引用しておかねばなりません。

 

(引用開始)*************************

余談だが、一部戦後の記録には

この電文いわゆる「ヤキ1カ」電を

「敵 機動部隊見ゆ」としているものがあるが、これは違う。

たしかに私が見たものは、

「敵 大部隊見ゆ」だった。

*************************(P.202

 

ここら辺りに、この電信の謎を解くカギはないものか、

とも思うのですが、どうでしょうか…         (つづく)

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