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2021年2月20日 (土)

忘れようとして(50)土方歳三~その9~渋沢栄一との接点

Img_20201201_111154

(前回からのつづきです)

 

NHKの新・大河ドラマ『青天を衝け』が始まり、

好調なスタートらしいです。

“らしい”と書いたのは、私は見ていないからですが、

そもそもTVを点けること自体が、殆ど無い(苦笑)。

 

『青天を衝け』は、渋沢栄一が主人公のドラマ。

彼が、次期新紙幣の“顔”に決定した2019年、

私は、以下のようなtweetをしていました。

 

~~~~~~~~~~~~~~

2019年49

#新紙幣 に #渋沢栄一 が登場するそうです。

今、ブログで #燃えよ剣 = #新選組 について書いてますが、

渋沢栄一も新選組とは接点があります。

彼の回想録に「 #近藤勇 ・土方はなかなか立派な人であった」と。

~~~~~~~~~~~~~~https://twitter.com/tenkeitw

 

そのTwitterのタイムラインからこんな記事をみつけました。

「渋沢栄一と新選組」というコラムで、

筆者は山村竜也という方。

「風雲!幕末維新伝」(→https://rekijin.com/?p=31551

の第14回とのこと。

 

上記の記事中の、大沢源次郎を捕らえるというエピソ-ドが、

渋沢と新選組の「接点」なのですね。

私も20194月にそのことをtweetましたが、

その時の文章ファイルが見あたりませんので、

もう一度、本を読み返すことにしました。

引用元はこちら。

 

青木繁男著:『京都幕末おもしろばなし百話』(2015年 ユニプラン)

 

著者の青木繁男は、在野の幕末史家で、

新選組記念館館長も務められました。

この本を開くと、土方歳三と渋沢栄一の

生々しい会話に接することができます。

~~~~~~~~~で区切っているのが、引用文。

 

~~~~~~~~~~~~~~

土方は歩きながら栄一にこう言った。

「われわれ新選組がまず寺に踏み込んで大沢を縛るから、

そこで貴公が奉行の命を申し渡されるとよい。」

「それはいかん。それでは拙者の役目が立たん。

まず拙者が踏み込んで奉行の命を伝えてから、貴公たちが縛る。

それが筋道というものだ。」

~~~~~~~~~~~~~~

しかし土方はこの言い分を認めないし、

栄一も、あとへ引きません。

~~~~~~~~~~~~~~

「そりゃ土方君そりゃ本末転倒だ。

拙者が奉行の名代として御不審のかどであるから

糾問のため捕縛すると申し渡した時、彼の罪状が決定されて

捕縛する理由も相立ち申す。

いわば拙者はこの役目の正使で貴公らは副使だ。

奉行の命を伝えないうちに、副使が召し捕らえるのは理不尽だ。」

~~~~~~~~~~~~~~

渋沢の言う事は、まことにごもっとも。

だが、土方にも“渋沢の警護”という大役があります。

~~~~~~~~~~~~

「そんな理屈を言っても、大沢が斬りつけてきたらどうする。」

「いらぬお世話だ。その時は相手になるまでだ。」

「貴公には、そんな洒落たまねが出来るか?」

「人を甘く見くびるな。拙者の腕前も知らんで。」

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

まず、大沢源次郎とはいかなる人物であったか。

もともと旗本の出身。

新徴組支配取調役から、京都見廻組与頭勤方、

江戸に帰り、江戸御用取扱出府を歴任、そして、

このときは、幕府陸軍奉行差配の役職にあった、

ということは、いわゆる“できる”人物。

そして、蛤御門の変、また、越前敦賀では水戸天狗党討伐にも参戦、

と剣の腕前もまた、かなりのものだったのでしょう。

加えて、彼の宿所たる寺には鉄砲の備えもあった、ということですから、

土方歳三たちが渋沢栄一に同行したのも頷けます。

 

 

では、この「大沢源次郎逮捕事件」の結末を。

 

他の新選組隊士たちは寺の門で待たせ、

土方歳三と渋沢栄一の二人だけが、玄関まで進みます。

山村竜也のコラム(→https://rekijin.com/?p=31551

にありますように、結局、

渋沢が単身で奥の間に入り、奉行の命を大沢に伝えました。

すると彼はすぐに恐れ入って神妙に縛を受けたそうです。

“大山鳴動してネズミ一匹”というやつですね。

 

渋沢は彼を新選組に引き渡した際、

“大沢の態度は神妙だったから、そこは情状酌量してほしい”

と、申し添えたそうです。

 

□■□■□□□■□■□■□■□■

さて、「渋沢栄一と新選組」の“接点”は、以上の如くですが、

ここで重要になるのが、いまよく目にするところの、

エビデンス」または「ファクトチェック」ですね。

 

そんな横文字を使わずとも、

証拠」「事実検証」という立派な日本語がありますから

こちらを使うべきだと私は思うのですが。

 

それはともかく、青木繁男の著書の“一次資料”は、

渋沢栄一の四男の渋沢秀雄が著した

『私伝渋沢栄一伝』(1965年 時事通信社)と明記されています。

 

一方、山村竜也のコラムには、

一次資料”に関する記載はまったく有りません。

『私伝渋沢栄一伝』とは、

ずいぶん記述が異なっていますので、

あるいは、他の資料からかもしれません。

 

青木繁男は、別の資料として、

『雨夜譚(あまよがたり)』(渋沢栄一が50歳代の頃の談話集)

を挙げていますので、

山村竜也のコラムの典拠は、

これかもしれない、とは思っております。

(一番いいのは、これら“一次資料”を自分の目で

確かめてみることなのですけども)

□■□■□□□■□■□■□■□■

 

最後に、青木繁男の紹介されている『私伝渋沢栄一伝』から、

渋沢栄一と土方歳三との“接点”を再確認。

~~~~~~~~~~~~~~

土方歳三はなかなか思慮のある人物のように見受けられた。

「ワシが正使、副使の理屈を並べたので、歳三は、

君はもと武家の出かと尋ねた。

そこでいや百姓だと答えたところ、彼はひどく感心してね。

とかく理論の立つ人は勇気がなく、

勇気のある人は理論を無視する。

君は両方いけるとホメてくれたっけ。」

~~~~~~~~~~~~~~

この箇所は20194月にtweetした記憶があります。

 

 

NHK大河ドラマ『青天を衝け』では、

町田啓太が土方歳三役で出演、ということが発表されていますから、

この「大沢捕縛事件」のエピソードが

脚本化されることは、決定的と言っていいでしょう。

TVドラマは全く見ませんが、

その回だけは見てみようか・・・なぁんてね(笑)。

                  (つづく)(文中敬称略)

 

PS:ピンク色の文字にはリンクを貼っています

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