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2021年1月30日 (土)

忘れようとして(49)~新選組副長:土方歳三~その8

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(前回からのつづきです)

 

司馬遼太郎原作『燃えよ剣』の映画化にあたり、

1970年のTV映画を中心に色々と綴ってきたわけで―

そろそろ終わらないと…(笑)

 

取り上げてきたのは、

沖田総司結束信二お雪、そして

「和泉守兼定」にも。

 

 

沖田総司は、新選組の中でも、人気No1の人物。

特に、女性に圧倒的にファンが多いと思われます。

ただし、これは数十年前の私の印象で、

現在は、異なっているかもしれません。

 

結束信二は、TV、及び映画の時代劇脚本家です。

(新選組隊士ではありません)(笑)

1970年放映のTV映画も、氏の健筆によるものでした。

 

お雪は、司馬遼太郎が創作した、

土方歳三の恋人。

 

「和泉守兼定」は昨今、有名になりました、

土方歳三が愛用していた刀です。

物語のタイトル『燃えよ剣』の「剣」、

それこそが、この「和泉守兼定」であり、

彼の信じるものの全てが、この刀に象徴されていたわけです。

 

 

さて、新選組のトップといえば近藤勇

 

時代劇のテーマといえば、勧善懲悪とされ、

正義と悪の対立の構図が、はっきりしているし、

新選組は決まって「悪者」の部類。

そんな中でも、近藤に限っては、

肝の据わった、いわば“親分肌”的な性格付けを

されていたことが多かったと思います。

 

例えば、

“土方はヒドいやつだが、近藤は話せばわかる人物”

っていった風です。

憎まれ者の土方歳三に対し、

“理想の上司”的な(いい例えではないかもですが)近藤勇。

 

しかし、土方歳三に違った角度からスポットを当てることにより、

そんな既成概念を壊し、

とてつもなく魅力的な人間として、イメージを一新させたのが、

司馬遼太郎でした。

 

つまり、

事実上、新選組を創設し、また運営していたのは、

局長の近藤勇ではなく、

副長の土方歳三であったと。

司馬はこう語ったことがあります。

 

(引用開始)~~~~~~~~~~~~~~~~

「局長に近藤勇。実際の指揮は副長土方歳三がやっていた。

あの当時の新選組はヨーロッパの近代軍隊の組織に似ていたんだョ。

それには土方の下に副長助勤という将校がしっかりとしていた。

ところがその“助勤”という肩書の役職など当時は珍しかった。

しかし、その将校群がよほどガチッとしていないと、軍は強くならない。

土方はそれをどこで学んだのか…」。(引用終了)

~~~~~~~~司馬遼太郎氏指摘していた?SANSPO.COM

 

土方歳三の西洋式軍事理論は、

当時、京都守護職を任ぜられていた会津藩を通じて、

会得したもの、といわれたり、

あるいは、京都町奉行にして蘭学の達人:永井尚志からであろう、

という説もあるようです。

 

ただ、なにより大きかったのは、

彼自身の、生まれもった「喧嘩師」の才能なのでしょうね。

 

 

ところで、

1970年のTV映画で近藤勇を演じていた俳優が、舟橋元

いい役者でしたね。

武州三多摩の農村の出自という、

(注:苗字帯刀が許されていた階層の農民でした)

近藤のいかにも“田舎武士”的な人物像を、よく体現していました。

 

実際の近藤は、土方より年令が一つ上の兄貴分。

TVではその近藤が、難しい局面に立たされたときはいつも、

 

「歳(とし)さん、どうする?」と

 

栗塚旭が扮する土方に話しかけていたのをよく覚えています。

 

                      (つづく)(文中敬称略)

 

PS:ピンク色の文字にはリンクを貼っています

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