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2020年8月31日 (月)

忘れようとして(44)~新選組副長:土方歳三~その3~和泉守兼定・パンデミック

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(前回からのつづきです)

 

一度はやや収まったように見えた新型コロナウイルスですが、

最近、再びその猛威を発揮しつつあります。

このウイルスの特性、ということもあるでしょうが、

何よりも政府の対応のマズさが目につきますね。

そんな中、8/28に安倍首相が辞意を表明しました。

この件についても、触れねばとは思いますが、

それでは本稿が進まない(苦笑)。

 

ちなみに、ですが…

実は、新選組誕生に、少なからず影響を与えていたのが、

現在のコロナウイルスと同様の、

“パンデミック”であったということを書いておきましょう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

近藤勇土方歳三も歴史の子だ。

しかも幕末史に異常な機能をはたすにいたったことについては

妙な伏線がある。

麻疹(はしか)と虎列刺(コレラ)である。

この二つの流行病がかれらを走らしめて

京都で新選組を結成させるにいたった数奇は、

かれら自身も気づいていまい。

(中略)

沖田の報告では、江戸の町々はどの家も雨戸を締め切って、

往来に人がなく、死の街のようになっている。

夏というのに両国橋に涼みに出かける者もなく

夜舗(よみせ)も立たず、花柳街(いろまち)も、

吉原、岡場所をとわず、

遊女が罹患しているために店を閉めて客をとらない。

第一、湯屋、風呂屋、髪結床といった

公衆のあつまる場所にはいっさい人が寄りつかず、

このため、江戸の男女は垢だらけになり、

地虫のように屋内で息をひそめている。

~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(上)『疫病神』より

 

司馬によれば、

「はしか」はこの年(1862年)の正月ころ、

長崎に入港した異国船が持ち込んだものらしい。

一方、「コレラ」は、今回が日本では3度目の流行だったという。

 

 

上の文を読めば、“パンデミック”に見舞われた社会の状態は

“時は変われど、人は変わらず”、

まるで現在と一緒ですね。

 

こうなりますと、江戸で天然理心流の剣術道場を開いている

近藤勇としては、その経営が成り立たない。

道場の門人といっても、武士は一人も居ません。

若旦那、旗本の中間部屋の連中、博徒、寺侍等々といったたぐいですから、

10月頃になって疫病が下火になったからといっても、

一度離れた門人は、帰ってはこないのです。

 

このことが、近藤勇に、道場経営に見切りをつけさせ、

京都の浪士隊への応募に向かわせた一因であろう…、と。

 

 

話を戻しましょう。

 

土方歳三の佩刀、和泉守兼定は、

東京:日野市の土方歳三資料館に残されています。

江戸時代の刀工:11代目の作刀によるもので、

幕末に、京都守護職を務めていた

会津藩主:松平容保から拝領したものである、

というのが通説です。

 

しかし、司馬遼太郎は、そこに独自のフィクションを加えました。

 

同じく「和泉守兼定」には違いないのですが、

2代目:和泉守兼定(通称之定(ノサダ))」を、

土方に持たせたのです。

 

「ノサダ」は室町時代の名刀中の名刀とされ、

農民あがりの土方歳三が、逆立ちしても

手に入れることなど、とても出来ないはず。…

(これは沖田総司と、菊一文字の関係と同一ですね)

 

土方が「ノサダ」を手に入れる経緯を、

司馬遼太郎がどういうプロットを駆使して、描いているか

ぜひとも原作本を開いていただきたい。

 

 

1970年のTV映画では、この場面は

第一話に登場していたようです。

盲目の刀剣商の老人に扮していたのは、

かの名優:加藤 嘉

あの映画『砂の器』(1974年 野村芳太郎監督)の

父親役で有名な方です。

 

なんて、エラそうに書きましたが、

具体的にどのようなシーンであったかなど、訊かないでください、

これまた、完全に忘れ切っておりますので(笑)。

そこでこの老人のセリフを、小説から引用しておきましょう。

 

~~~~~~~~~~~~~~

わざわざ和泉守兼定をさがしているというこの浪人が、

盲人の勘で、ただものでない、と思ったというのである。

 

「数百年間、この刀はあなた様に逢いたがっていたのだろう。

手前には、なんとなくそういうことがわかります。

五両、それがご不満ならさしあげてもよろしゅうございます。

お嗤いなさいますか。道具屋を五十年もしていると、

こういう道楽もしてみたいのさ」

~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(上)『浪士組』より

 

 

前回、この「和泉守兼定」が『燃えよ剣』のもうひとつの主役、

などと記しましたが、

それにはこのTV映画冒頭の

タイトルバックの印象が大きかったと思います。

栗塚旭の顔半分と刀(真剣)のアップ、

それに『燃えよ剣』の4文字を重ねたところで、

ストップモーション!

更にこの写真は、一話毎に数回あるCM明けにも使われていましたから、

そのインパクトたるや強烈至極。

 

また、土方が自室に籠り、ただ一人で和泉守兼定を抜いて

無言で見つめている―そんなシーンも幾度となくあったように思います。

 

いかにも剣に生き、剣に殉じた土方歳三を象徴していました。

 

                            (つづく)(文中敬称略)

 

*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版から引用しました。

PS:ピンク色の文字にはリンクを貼っています。

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