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2020年6月30日 (火)

忘れようとして(42)~新選組副長:土方歳三

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岡田准一主演の、映画『燃えよ剣』製作にあたり、

1970年のTV映画『燃えよ剣』の回想を主に

このブログのシリーズを開始しました。

 

これまで新選組:一番隊組長の沖田総司について7回ほど費やし、

あと、脚本の結束信二、また、

殺陣師:上野隆三にも触れてきました。

 

さて、いよいよ『燃えよ剣』の主役、

新選組副長:土方歳三にテーマを絞る訳ですが、

司馬遼太郎がこの『燃えよ剣』を発表する以前は、

土方歳三というと、

局長:近藤勇の“添え物”的扱いが普通だったと思います。

 

映画・TVの新選組のライバル、といえば鞍馬天狗ですが、

たとえば、京の五條坂での対決シーンなどでも、

近藤勇は、居並ぶ土方や隊士を制し、

「土方君、手出しは無用である」

と言って、愛刀の「虎徹」を抜き放ち、ただ一人鞍馬天狗に相対する…

 

といったように、

“撃剣の名手”“悠然たる貫禄”“行動力のあるリーダー”、

それらが近藤勇であり、

まさに、「新選組=近藤勇」の図式は確固たるものでした。

 

その一方、土方歳三はというと、

“陰湿な策士”といったイメージがつきまとっていたのですが、

司馬遼太郎は、全く違った面から、この土方にスポットを当てることにより

新しい“土方像”の描出に成功しました。

 

 

さて、その“土方像”なのですが、過去7回書いてきた

沖田総司と対比してみることが、

ある意味、手っ取り早い方法といえます。

(この手段は、あくまでフィクションが素材ですので)

 

 

『燃えよ剣』の原作本を読み返していて、

 

“あ、こんなシーン、あったかも…”と思った箇所がありました。

 

~~~~~~~~~~~~~~

沖田総司を連れて、祇園の料亭へゆく途上四条橋の上で、

夕映えに染まった秋の雲いくきれかが、しきりと東へ行くのを見た。

「総司、みろ、雲だ」

「雲ですね」

沖田も、立ちどまって、見上げた。(中略)

「句が出来た」

と、歳三はいった。豊玉(注:土方の俳号)宗匠にしては、

ひさしぶりの作である。

「愚作だろうなあ」

沖田はくすくす笑ったが、歳三はとりあわず、懐ろから句帳をとりだして

書きとめた。

沖田は、のぞきこんだ。

 

  ふるさとへむかつて急ぐ五月雲

 

「おや、いまは十一月ですよ」

「なに、五月雲のほうが、陽気で華やかでいいだろう。

秋や冬の季題では、さびしくて仕様がねえ」

「なるほど」

沖田は、だまって、歩きはじめた。

この若者には、歳三の心境が、こわいほどわかっているらしい。

~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(上)『四条橋の雲』より

 

 

1970年のTV映画『燃えよ剣』においては、

俳句を詠むシーンはなかったと思いますが、

「総司、みろ、雲だ」に対する、沖田総司の

「雲ですね」という、まるで漫才のような場面はあったと思いますね。

 

なんともいえぬユーモアと、口には出せない切なさ…

間違いなく名場面のひとつです。

 

時は慶応元年の秋。

京の状況は、風雲急を告げています。

おそらくこのとき、二人とも同時に、

江戸の道場のこと、あるいは、

故郷の武州三多摩の風景を脳裡によみがえらせていたのでしょう。

 

(つづく)(文中敬称略)

*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版から引用しました。

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