忘れようとして(42)~新選組副長:土方歳三
岡田准一主演の、映画『燃えよ剣』製作にあたり、
1970年のTV映画『燃えよ剣』の回想を主に
このブログのシリーズを開始しました。
これまで新選組:一番隊組長の沖田総司について7回ほど費やし、
あと、脚本の結束信二、また、
殺陣師:上野隆三にも触れてきました。
さて、いよいよ『燃えよ剣』の主役、
新選組副長:土方歳三にテーマを絞る訳ですが、
司馬遼太郎がこの『燃えよ剣』を発表する以前は、
土方歳三というと、
局長:近藤勇の“添え物”的扱いが普通だったと思います。
映画・TVの新選組のライバル、といえば鞍馬天狗ですが、
たとえば、京の五條坂での対決シーンなどでも、
近藤勇は、居並ぶ土方や隊士を制し、
「土方君、手出しは無用である」
と言って、愛刀の「虎徹」を抜き放ち、ただ一人鞍馬天狗に相対する…
といったように、
“撃剣の名手”“悠然たる貫禄”“行動力のあるリーダー”、
それらが近藤勇であり、
まさに、「新選組=近藤勇」の図式は確固たるものでした。
その一方、土方歳三はというと、
“陰湿な策士”といったイメージがつきまとっていたのですが、
司馬遼太郎は、全く違った面から、この土方にスポットを当てることにより
新しい“土方像”の描出に成功しました。
さて、その“土方像”なのですが、過去7回書いてきた
沖田総司と対比してみることが、
ある意味、手っ取り早い方法といえます。
(この手段は、あくまでフィクションが素材ですので)
『燃えよ剣』の原作本を読み返していて、
“あ、こんなシーン、あったかも…”と思った箇所がありました。
~~~~~~~~~~~~~~
沖田総司を連れて、祇園の料亭へゆく途上四条橋の上で、
夕映えに染まった秋の雲いくきれかが、しきりと東へ行くのを見た。
「総司、みろ、雲だ」
「雲ですね」
沖田も、立ちどまって、見上げた。(中略)
「句が出来た」
と、歳三はいった。豊玉(注:土方の俳号)宗匠にしては、
ひさしぶりの作である。
「愚作だろうなあ」
沖田はくすくす笑ったが、歳三はとりあわず、懐ろから句帳をとりだして
書きとめた。
沖田は、のぞきこんだ。
ふるさとへむかつて急ぐ五月雲
「おや、いまは十一月ですよ」
「なに、五月雲のほうが、陽気で華やかでいいだろう。
秋や冬の季題では、さびしくて仕様がねえ」
「なるほど」
沖田は、だまって、歩きはじめた。
この若者には、歳三の心境が、こわいほどわかっているらしい。
~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(上)『四条橋の雲』より
1970年のTV映画『燃えよ剣』においては、
俳句を詠むシーンはなかったと思いますが、
「総司、みろ、雲だ」に対する、沖田総司の
「雲ですね」という、まるで漫才のような場面はあったと思いますね。
なんともいえぬユーモアと、口には出せない切なさ…
間違いなく名場面のひとつです。
時は慶応元年の秋。
京の状況は、風雲急を告げています。
おそらくこのとき、二人とも同時に、
江戸の道場のこと、あるいは、
故郷の武州三多摩の風景を脳裡によみがえらせていたのでしょう。
(つづく)(文中敬称略)
*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版から引用しました。
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