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2020年1月30日 (木)

忘れようとして(40)~殺陣師:上野隆三氏死去。

Img_20190507_092830

(前回からのつづきです)

 

“つぶやく”ことなど極めて少ないのですが、

Twitterもやっています。→https://twitter.com/tenkeitw

 

1/20に、写真家:奈良原一高氏の訃報を聞き、tweet致しましたが、

連日の悲しいニュースがありました。

1月20日の京都新聞より引用致します。

                                      

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

殺陣師の上野隆三さん死去 「水戸黄門」ほか170本超の映画手掛ける

 

京都・太秦の東映京都撮影所(京撮)で殺陣師として活躍した上野隆三(うえの・りゅうぞう)さんが19日午後11時32分、京都市内の自宅で死去した。82歳。大阪市出身。(中略)

 1956年に京撮に入所。役者としてデビューした後、殺陣師に転じ、62年「鷹天皇飄々剣 吉野の風雲児」で殺陣師デビュー。「人生劇場 飛車角」「十一人の侍」「新網走番外地 吹雪の大脱走」、「仁義なき戦い」シリーズ、「柳生一族の陰謀」など170本を超える映画の殺陣を手掛けた。テレビドラマでも「水戸黄門」「新選組血風録」など数多くの時代劇で殺陣を付けた。

~~~~~~~~https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/132007/

Wikipediaによりますと、→https://ja.wikipedia.org/wiki/燃えよ剣

上野隆三氏は、今取り上げている1970年のTV映画

『燃えよ剣』の殺陣も担当されていました。

せっかく『新選組血風録』(1965)に言及しているのですから、

ぜひとも、『燃えよ剣』にも触れていただきたかったですね。

 

上野隆三氏の見せ場は、やはり池田屋事件の回になりますが、

今、Wikipediaを開きますと、

『新選組血風録』では、第9回に加え、

初回放送でも、同事件を扱っていたようです。

なんといっても、時代劇映画は

“殺陣シーン”が一番の見せどころであり、

“視聴率対策”として、第一回が大事なのは、今も昔も一緒ですね。

 

 

さて『燃えよ剣』(1970)に話を戻します。

偶然の符合でしょうか、『燃えよ剣』でも、

9回が池田屋事件になっておりました。

 

皆様ご存じのように、土方歳三は、池田屋には、

時間的に、かなり遅れて駆けつけています。

(土方隊は、池田屋ではなく、四国屋の方に向かっていたので)

 

当初、池田屋に斬り込んだのは、

近藤勇沖田総司をはじめとした10名程度といわれています。

ですから、ドラマも近藤と沖田の殺陣シーンを

中心とした構成になっていたと思います。

 

ひとつ特筆されるべきことは、

この回の映画、60分番組とはいえ、CFがありますから、

正味時間は50分弱位なのですが、

最初から最後まで、ほとんど全篇、

池田屋内での、“チャンバラシーン”だったのです。

 

この事は、当時、新聞にも載っていましたので

(「ラテ欄」だったかな?)

よく憶えています。

2020年の今日では知りませんが、当時としては、

時代劇史上最長時間の殺陣」と話題になったものです。

(このことWikipediaには書かれていないですね。

 劇場用映画では、もっと長いものがあったのかもですが)

さぞかし、上野隆三氏にとりましては、

意気軒昂たる思いで、お仕事に取り組まれたことでしょうが、

誠に申し訳ないことに、

さすがに具体的に記憶に残っている場面は無いのですね…

 

もちろん、池田屋事変では有名なあの「階段落ち」のシーンとか、

(映画『蒲田行進曲』ほどの高さは無かったでしょうが)

沖田総司の喀血の場面などはあったと思います。

 

 

東映時代劇映画の黄金期を支え、さらに、

TV時代劇でもその手腕を存分に発揮された

上野隆三氏の訃報に接しまして、

ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。

 

TBSのHPに、上野氏のインタビュー記事がありましたので、

URLを貼っておきます。

なかでも、日本舞踊と殺陣との“関係”など、

興味深いウラ話がいっぱいです。

ぜひどうぞ。

TBS「水戸黄門大学」

                                                                         (つづく) 

 

PS:ピンク色の文字にはWikipediaへのリンクを貼っています

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