« 2019年5月 | トップページ | 2019年8月 »

2019年6月22日 (土)

忘れようとして(35)~沖田総司と「燃えよ剣」<補遺>。

Img_20190413_101144

前回を、沖田総司についての最終回とするハズだったのですが、

気が変わりまして(笑)、

本日は、書き残したことを少し、記しておくことにしました。

 

 

  • 「総司」の読み方

考えてみれば、“今さらながら”の話なのですが…

 

「沖田総司」の名前の読み方についてです。

これは、【そうじ】と読むのが正しい。

沖田本人の手紙に、自分の名前を

「沖田総二」と自署したものが残っていることからも

証明できます。

ところが、1970年のTV映画では、【そうし】と発音していました。

その理由とは…。

 

3/21の拙ブログ

「一番隊隊長の沖田総司を島田順司(じゅんし)がそれぞれ扮していました。」

と書きましたように、総司役を務めた、

かの名優:島田順司の名は、【じゅんし】と読むのです。

 

これを知った脚本家の結束信二(だったと思います)が、

「そっちの方がいい」ということになり、

【そうじ】ではなく、

濁らずに【そうし】と呼ぶようにした…

 

とまあ、そんな経緯があったということを、

どこかで聞いた記憶があります。

 

私はTVで沖田総司を知ったのですから、

長らく、【そうし】と読むのが正しいのだと、思い込んでいました。

今でも、個人的には濁点なしで呼びたい気分ですし、

沖田総司というキャラクターには、

そっちの方が合っているのでは、という感想を持っています。

 

と、いうことは…

1970年の「燃えよ剣」より遡ること5年、

1965年のTV映画、「新選組血風録」が、

ほぼ同じスタッフ・キャストで制作されていますから、

「血風録」でも既に、【そうし】という呼び方になっていたのかもしれません。

 

既述のように、私は「血風録」は観ていなかったのですね…

 

このシリーズ、まだモノクロ映像ではありましたが、

「燃えよ剣」に劣らず、なかなかの出来栄えだったそうです。

 

中でも、

沖田総司と、彼の佩刀とされる、

名刀「菊一文字則宗」を題材にとった、

7話の『菊一文字』は、

視聴者はもちろん、スタッフからも、

(今ふうに言えば)“神回”と絶賛されたと、聞いています…。

 

当時の映画を観ることは困難でしょうが、

司馬遼太郎の原作は、今でも読めますので、ぜひご一読を。

七百年の時を生きてきた、「菊一文字則宗」と、

天才剣士:沖田総司との運命的な出逢いとは……

 

15話からなる「新選組血風録」ですが、

司馬は、その最終章に、この『菊一文字』を配置しています。

 

 

  • 「菊一文字」

さて、上にも書きました、沖田総司の佩刀についてです。

近年は、「刀剣乱舞」というゲームが大流行しているそうですね。

(私、こういったジャンルには、“チンプンカンプン”でして)

確か、このゲーム(演劇にもなっているらしい)

のキャラにも「菊一文字」が登場しているような噂を、

聞いたことがあるような、ないような…(苦笑)。

 

 

一般に、

「沖田総司の刀は、『菊一文字則宗である』」と言われていますが、

これについては、

司馬遼太郎の創作、ということが定説となっています…

………………………………

と書き始めたら、“ある一文”がネットで目に入りました。

 

 

曰く、

 

「この件の“ルーツ”は、そもそも、

子母澤寛が彼の著作『新選組始末記』にて、

『沖田総司の刀は菊一文字細身のつくり』と書いたことに始まる」

 

というのです。

 

 

どうせ、私のアタマなんぞ、アヤフヤなものですが、

“それは知らなかった”と、あわてて、

「始末記」を再読しました。

 

が、そんな記述は見当たりません。

ならばと、念の為に、同じ著者の、

「新選組物語」「新選組遺聞」にも目を通しましたが、

やはり、そのようなことは、どこにも書いていません。

このブログを書くにあたって、

何十年ぶりかに、新選組に接したのですが、

気分は、浦島太郎のような(笑)。(こんな比喩でいいのかな?)

 

 

そんな中、たどり着いたのが、

松帆神社様(←リンクを貼っています、御参照のほど

20173月のブログでした。

そこに引用されているのは、

結喜しはや(京都生まれの幕末維新研究家)の論です。

 

詳細はそちらをご覧いただくとして、

要は、「菊一文字」と司馬遼太郎を結びつけたもう一人の人物として、

忘れようとして(29でご紹介した、

医師・作家の森満喜子のお名前が見られるのです。

 

 

この説が“決定打”かどうか、私には判断できかねますが、

非常に有力であるかもしれません。

 

 

ということで、そろそろ締めないと(苦笑)。

ここは松帆神社様の言をお借りして、

 

 

総司が主に使った刀は加州清光、総司が愛した刀は菊一文字

 

 

ウン、これが一番いいかもしれない、と思うのです。 (つづく)(文中敬称略)

 

新選組血風録 新装版 | 司馬 遼太郎| 通販 | Amazon

| | コメント (0)

2019年6月15日 (土)

忘れようとして(34)~沖田総司と「燃えよ剣」<6>。

Img_20190504_132525

(前回からのつづきです)

 

1970年のTV映画では、土方歳三役の栗塚旭が、

フランスの陸軍服に身を包み、夜の闇に紛れて、

島田順司が扮する病床の沖田総司に、

会いに来るシーンがあったような、かすかな記憶があるのですが…。

 

既に近藤勇は、千葉の流山にて、

新政府軍に捕えられ絶命しています。

もちろん、そんなこと、総司には口が裂けても言えません。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「総司、おらァ、これから蝦夷に行く」

「蝦夷へ?」

「そうだ。蝦夷で薩長の奴等に、一泡も二泡も吹かせてやるさ」

「フフ…土方さんは、いつも元気だな」

「おまえも早く元気になれよ。待ってるからな、総司」

「なりますとも。必ず待っていてくださいよ」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 

そんなセリフが結束信二の書かれた脚本にあったかどうか、

これもまた、今となっては“謎”ということで…

 

 

あと、司馬遼太郎の筆による“伏線”を追記しておきます。

 

前回、総司がお光に手を差し伸ばす場面を

原作から紹介しました。

 

時は、さかのぼって、

鳥羽伏見の戦いで幕府・新選組が敗れた直後、

彼らは大阪へ敗走しましたが、そのときのこと。

総司は既に、到底戦える体ではなく、

その身を、よこたえていました。

歳三が、その痩せた総司の手をとろうとしたとき、

逆に総司は、その手を引っ込めてしまいます…

                                  (「燃えよ剣」(下)『大坂の歳三』)

 

司馬は、そんな総司の奥深い心理も、描写していました。

 

 

TV映画の「燃えよ剣」に戻ります。

 

歳三と別れ、それからお光と別れて、

総司はついに一人になってしまいます。

 

そして…(私の記憶によると)

最後の画面で、“沖田総司死す”の文字がアップになり、

23話(最終回より3週前)「沖田総司」の回は終わります。

 

 

あと、司馬遼太郎の「燃えよ剣」ではありませんが、

以前にご紹介した大内美予子の小説「沖田総司」を開いて、

沖田総司の最期の場面を読んでみようと思います。

 

大内は、前回の記事に紹介した、

子母澤寛の、黒猫のエピソードを“下敷き”にしつつ、

“沖田総司が小鳥を飼っていた”という挿話を交えて描いています。

総司は、息を引き取る直前に、その小鳥を逃がしてやるのです。

 

~~~~~~~~~~~~~~

総司は鳥の影を追う視力がすでになくなっているらしく、

「飛んで行った?」

とたしかめるように聞いた。(中略)

夕刻、もう一度かすかに目を開いて、

庭の方角をさぐるようにしていたが、

「あの猫、また来てるかな?」

はっとするほど、明るい声で言った。

「小鳥はもうういないのに……」

それが、総司の最後の言葉になった。

~~~~~~~~~~~~~大内美予子「沖田総司」『水車』より

 

この小説を通読して、あらためて、

「この書は、大内氏の沖田総司に宛てた、ラブ・レターなんだな」

って思いました。

 

 

長々と沖田総司について書いてきました。

 

繰り返しになりますが、彼の“美しいまでにミステリアスな魅力”

を再掲しますと、

 

「剣術は天才的」「子供好きな明るい性格」「25年の短い人生」

 

ということなのですね。

 

名優:島田順司をはじめ、

これまで数え切れないほどの多数のスターが、

沖田総司を演じてきました…

例えば、草刈正雄、田原俊彦、有川博、東山紀之、藤原竜也、

“変化球”では、牧瀬里穂(←なんと女優が!)… 

もう、キリがないのでやめますが、今回の映画では、

山田涼介が出演されます。

 

 

以前の記事でも書きましたが、

そもそも沖田総司の役は難しいし、

長くても2時間程度であろう、と思われる

映画自体の時間的な制約もあるでしょう。

でも、“どこかキラリと光っているような” …

 

山田涼介には、彼ならではの沖田総司像を期待しています。

                                                       (つづく)(文中敬称略) 

 

*大内美予子「沖田総司」は、新人物往来社刊から引用しました。

| | コメント (0)

2019年6月 8日 (土)

忘れようとして(33)~沖田総司と「燃えよ剣」<5>。

Img_20190324_173615

(前回からのつづきです)

 

沖田総司山南敬助について、色々と書き連ねてきましたが、

さて、私が観ておりましたTV映画の「燃えよ剣」(1970年放映)では、

このシーンがどう描かれていたか、となりますと、

“忘れようとして”としてどころか、完全に忘れ切っております(笑)。

 

山南敬助が旅籠(はたご)の二階から、

追ってきた沖田総司を見つけて声を掛ける―

というパターンだったかな…

調べてみますと、山南を演じた俳優は河上一夫、とあります。

申し訳ないですが、名前もお顔もまったく記憶にありません(苦笑)。

 

 

でも、沖田総司の最期の場面は

おぼろげながら、覚えております。

 

新選組隊士の中で、沖田のように、

畳の上で生涯を終えた者は、多くはいません。

 

 

姉のお光が、

京から江戸に帰ってきた、死期の近い総司を訪ねます。

お光は実在の人物。

写真が残っていない総司とは違い、彼女の晩年の写真は存在します。

 

お光に扮した女優は、ずっと光本幸子だったと思っておりましたが、

(名前の“光”つながりのカン違いでしょうか)

この度調べてみますと、葉山葉子だったと判明。

お二人とも、当時の時代劇女優のトップスターでした。

 

 

“沖田の最期”というと、子母澤寛が「新選組物語」に著した

黒猫のエピソードがあまりにも有名です。

ご存知ない方のために、ご紹介しますと、

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

沖田総司が死ぬ三日ほど前、急に元気になって、

植木屋の庭に出たところ、見たことも無い黒猫がいる。

何を思ったか、彼はその猫を斬ろうとした。

が、どうしても斬れない。

次の日も、またその次の日も、同じことであった。

 

ついに沖田は、

「ああ、俺ア斬れない、俺ア斬れない」

と叫んだきり倒れてしまう。

ある日の昼頃、目を閉じたまま、

「ばアさん、あの黒い猫は来てるだろうなァ」

を最後の言葉にして、息を引き取った。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

かなり要約したのですが、これが子母澤寛が、

介抱していた老婆が沖田の兄夫婦に語った実話として書いた

天才剣士:沖田総司の最期です。

 

詳しい理由は存じませんが(苦笑)、

このエピソードも、子母澤による創作ではないか、

といわれています。

 

 

一方、司馬遼太郎の「燃えよ剣」では、この黒猫の話については、

“伝説”という言葉で、1行だけ記しています。

その司馬が描いた、

総司とお光との別れのシーンのごく一部を。

 

~~~~~~~~~~~~~~

「総司さん、私どもは庄内へ行きます」

といった。

総司の微笑が、急に消えた。

が、すぐいつものこの若者の表情にもどり、

「そうですか」

と布団のなかから手をさしのばした。

おそろしいほどに痩せていた。

お光はその手をみた。

どういう意味だか、とっさにのみこめなかったのである。

~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(下)『沖田総司』より

 

沖田総司の臨終の場面は、「燃えよ剣」の下巻の中でも、

最重要箇所のひとつだと思いますが、

さすがに、司馬の筆の運びは的確で無駄がなく、

それでいて、涙があふれてきます。

 

TV映画では、総司に扮した名優:島田順司の淡々とした演技が、

いっそうのこと、見る者の切なさを募らせていたように思います。

 

では、このシーン、原作に倣って、

総司がお光に手を差し出す演出があったのか、ということですが、

「たぶん」あったと思います。

よほど葉山葉子の美貌に気をとられていたようでして(笑)、

今となっては、“謎”であります。

 

ときにですが…「黒猫」は登場していません。

 

 

言うまでもなく、土方歳三は、

沖田総司にとっては兄のような存在でした。

原作本にはありませんが、

TV映画では、夜の闇に紛れ、

歳三役の栗塚旭が、フランスの陸軍服に身を包み、

総司に会いに来るシーンがあったような気がします。 (つづく)

                                                        (文中敬称略)

 

*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版から引用しました。

| | コメント (0)

« 2019年5月 | トップページ | 2019年8月 »