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2019年4月23日 (火)

忘れようとして(31)~沖田総司と「燃えよ剣」<3>。

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(前回からのつづきです)

 

沖田総司が没したのは、25歳あるいは、26歳ともいわれています。

これは、彼の生年が確定していないからです。

前回ご紹介した子母澤寛の『新選組三部作』を開いても、

「新選組物語」は“25歳説”ですが、

「新選組遺聞」では“26歳説”になっている、という状態。

 

ついでに言いますと、沖田の亡くなった場所も、

「新選組始末記」では“松本良順(将軍に仕えていた医師)の私邸”とあり、

「新選組遺聞」では“植木屋の平五郎(旗本の出入り業者)宅”と、

二通りの記述がありますから、当時からハッキリしていなかったのですね。

(明治政府に見つかると直ちに処刑されますから、身を隠さざるを得なかった)

 

いずれにせよ、沖田総司が近藤・土方に従って、

京都に上り、新選組隊士となったのが20-21歳の頃ですから、

実に短い生涯ではありました。

一番隊組長として、最前線で剣を振るっていたのが、約4年間。

この間、新選組が関係した殺戮の場面で、

彼の名前は、非常に頻繁に登場しております。

 

ところが、これも「ふしぎな若者」と言われる所以のひとつですが、

沖田に対しては、なぜか、近藤勇土方歳三と比較して、

官軍側からの非難・悪口が少ないことを、特筆しておきます。

 

 

先に「新選組が関係した殺戮の場面」と私は書きました。

沖田総司との関わりと言う点から、私が真っ先に思い出すのは、

“池田屋事件”よりも、むしろ“山南敬助脱走事件“です。

 

前々回に、

「今回の映画化では芹沢鴨伊藤英明が演じる」と書きましたが、

“悪役”のイメージが色濃い芹沢を演じるよりは、

私としては、伊藤英明には、

新選組総長:山南敬助の役のほうがふさわしい、と思いました。

そして、「芹沢暗殺事件」を脚本に組み入れるよりも、

奥深い人間心理が交錯する、

「山南『脱走』事件」を描くほうに、よほど興味があります。

 

 

山南敬助も、土方歳三、沖田総司らと同じく、新選組創立以来の仲間。

仙台藩を脱藩してきたといわれ、

“腕っぷし”のみが優先された隊士の中では、

珍しく文武両道に秀でた人物でありました。

しかし、隊内の内部抗争の中、

「脱走」の罪により、切腹を命ぜられてしまいます。

このとき、山南を介錯(首を斬り落とす役目)したのが、

ほかならぬ沖田総司でした。

沖田自身は、近藤・土方に対するのと同じくらいに、山南を慕っていたそうなのですが―

 

 

この事件、どうも“腑に落ちない”点があります。

 

 

1.「脱走」した山南を捕えるために差し向けた隊士が沖田ひとりだった

2.山南は何ら抵抗せずに、沖田と一緒に帰ってきている

 

 

<1>については、ひょっとしたら、

土方も山南を逃がす意図があったのでは、という見方も可能です。

追跡者が一人だけ、というのはいかにも不自然。

<2>に関しては、山南も北辰一刀流の使い手、

刀を抜いて斬り結ぶことになれば、

相手は天才剣士:沖田であっても、斃せる見込みは皆無ではないはず。

一体、二人の間にどんなやりとりが交わされたのでしょうか…

 

 

実は、山南敬助は「脱走」したのではなかった―

そんな異説は次回に。                  (つづく)

 

                                     (文中敬称略)

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