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2012年11月19日 (月)

続:ミュージカルへの想い~作曲家:いずみたく氏。

(前回のつづきです)

申し上げるまでもなく、いずみたく先生は数え切れぬほどのヒット曲を、

世に送り出されました。

前回挙げた楽曲以外にも、たとえば、ピンキーとキラーズの「恋の季節」。

下は小学生から、上はおじいさん、おばあさんまで、

”わぁーすれられないのぉー”って口ずさんでいたほど、

当時は全国民の”愛唱歌”でしたね。

平成の今日では、考えられないことなのですが。

 

さて、いずみ先生は、我が国のミュージカル界における、

先駆者のお一人でもありました。

氏のHPを見ていて、私が思い出したこととは、以下のようなことです―

アトリエフォンテーヌ/フォンテーヌスタジオ

実は、先生の作品をそれと気付かずに、鑑賞していたことがあったのです

 

NHK教育TVで、年に1-2回くらいでしょうか、祝祭日に、

「こどもミュージカル」という番組が放送されることがあります。

(今年はどうだったでしょうか?記憶にありませんが)

その番組で観たタイトルを、このHPにて発見したのです。

 

 

桃次郎の冒険」(1973)―かすかに、覚えがあるような…

桃太郎」(1976)のほうだったかもしれません。

ご想像のとおり、民話「桃太郎」が素材だったはずです。

“鬼退治”という(いわば)殺伐とした展開ではなく、

「鬼もボクらと同じ仲間なんだ」といった結末だったように思います。

 

 

ふたりのロッテ」(1971)―これは、はっきりと覚えています。

劇団四季の舞台でして、非常に楽しく、また、感動的な作品でした。

アヤフヤな記憶では、NHKの「こどもミュージカル」は、

私の観たものだけか、どうかはわかりませんが、

全て、劇団四季の公演でした。

ですから、「こどもミュージカル」と銘打ってはいますが、

演技・歌・ダンス、いずれも、最高のレベルで鑑賞できます。

ロッテ姉妹が、フライパンをテニスのラケットがわりに、野菜だか果物だかを

打ち合う場面がありましたが、その“ラリー”の応酬が、

拍手したいほど、まことに見事で、

“相当、稽古したんだナ”って、ヘンなところで感心してしまいました。

“子供向け”だからといって、安易なモノを見せては、ダメなのですね。

われわれの想像をはるかに超えて、彼らは感性が豊かなのですから、

むしろ子供にこそ、最高、というか、“本モノ”を呈示しないといけません。

これは、題名からみてお察しのとおり、外国文学の翻案物です。

詳細は、こちらをどうぞ。

アニメなどで“ああ、知ってるよ”と言われる方も多いでしょうけど。

ふたりのロッテ - Wikipedia

 

 

あと、「雪ん子」(1975)―これは、録画映像が手元にあります。

というのも、オン・エアの日付が2011/10/10

私が四季劇場へ、「サウンド・オブ・ミュージック」を観劇に行った日だからでした。

土居裕子さんの『サウンド・オブ・ミュージック』(2011年)にいってきました。: SAPPARI WAYA

江戸時代、という設定の、純然たる和製ミュージカルです。

“ちょん髷”を結った俳優たちが、洋風のダンスを踊ったりするので、

私のような歳の者には、やや違和感もあるのですが、

今の子供たちには、わりとすんなり受け入れられるのでしょうね。

最近、録画を見直しましたところ、エンディングのクレジットに、

いずみたく先生のお名前はありませんでしたが。

詳しい事情は解りませんが、やはり「音楽担当:いずみたく」と入れてほしいですね。

 

 

ところで、肝心の音楽ですが、たとえば、

見上げてごらん夜の星を」「希望」「夜明けのうた」に匹敵するような曲は…、

となりますと、私の“音楽的感性”に拠るところもあるのでしょうが、

なんとも言えないところです。だからといって―

いや、もう一度、いずみ先生の作品群を見ていただきたいのですが、

アトリエフォンテーヌ/フォンテーヌスタジオ

これだけのヒット曲、また創作ミュージカルを生み出したということは、やはり、

氏は、まぎれもなく「天才」だった、ということは、疑う余地はありません。

 

越路吹雪さん、雪村いずみさんたちが活躍された時期が、

戦後の、我が国のミュージカルの黎明期であったとするならば、

いずみたく先生は、まさしく―氏のヒット曲の題名ではないですがー

日本ミュージカル界に、新時代=「夜明けのうた」をもたらしました。

 

 

いずみたく先生が永眠されたのは19925月。

本田美奈子. さんが、ミュージカル『ミス・サイゴン』にて、

その鮮烈な舞台デビューを果たされたのが、

偶然の符合でしょうか、1992年のことでした。

そして、ミュージカルは、大衆に一層身近なものになり、

我が国におけるミュージカル愛好者は、増加の一途をたどることになります。

 

 

先生の“夢の劇場”は、本年、ついに閉館となりましたが、

今や、大人から子供まで、ミュージカルを楽しむ時代となりました。

いずみたく先生の描き続けた夢は、ここに見事に開花したのです。

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PS:ちょっと、長めの追伸で、失礼いたします。

見上げてごらん夜の星を」(1960)は、いずみたく先生の、

創作ミュージカル“第1号”であり、坂本九さんのご出演で、

その同名の主題歌も大ヒットしましたね。

現在では、数少なくなった、定時制高校(いわゆる「夜学」です)

が、本ミュージカルの舞台であったそうです。

その美しい主題歌を、本田美奈子. さんもカバーされておられます。

坂本九さんにヒケをとらぬ、素晴らしい歌唱ですね。

ぜひとも、聴いていただきたく思います。 

(乱文長文妄言多謝) (おしまい)

 

 →Amazon.co.jp 心を込めて...: 音楽 

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