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2011年9月30日 (金)

東日本大震災より、6ケ月経ちました。(1)

§震災より半年、特別番組が多かったのですね。

確か、9/10…だったかと思いますが、食堂に立ち寄った際、ちょうど、TV

東日本大震災に関する特別番組が放送されていました。

関西テレビ制作―CX系列放映、かと思いましたが、

阪神淡路大震災の被災者と、このたびの東日本大震災で被害に遭われた方々

との交流を描いたものでした。

私が観ていたのは、半時間そこそこでしたが、

阪神大震災を経験した私にしてみれば、やはり、涙が止まりませんでした。

音楽を入れ、ナレーションを付け制作者サイドも、視聴者の“涙”を

誘おうとする

まあ、ことさらにその番組が感傷的に過ぎる、って

批判するわけでもないのですが…、

ただ、“今は泣いている時ではないかも“―って、思ったのですね。

§「泣いて済めば、簡単。」~これ、YOKOの言葉です。

思い出したのは、YOKOの言葉でした。

YOKOとは、拙ブログでは、“もう、おなじみ”、歌手:荻野目洋子のことです。

上記のフレーズは、彼女自身が書いた回想録に登場していた…と思います。

(ウロ覚えです、たぶん、合ってると思うのですが)

ごく簡単に説明しますと―

「ダンシング・ヒーロー」は、彼女がブレイクするきっかけになった楽曲ですが、

この曲を与えられたとき、まさにそのタイトルどおり、

当時、YOKOが非常に苦手としていた、“ダンス”が要求されたのです。

練習しても、練習しても、なかなか「OK」が出なかったようですね。

「もう、泣いて済むものなら簡単」―

厳しいレッスン(本人は、“地獄の特訓”と呼んでいました)が続いた日々の、

YOKOの偽らざる心境でした。

でも…

「ダンシング・ヒーロー」が大ヒットしたのが1986年頃でしたが、やがて、

彼女の必死の努力は、実を結び、「美女と野獣」をリリースした1991年頃には、

なんと、ダンス・テクニックに関しては、我が国の歌手全体を見回しても、

トップクラスの一角を占めるようにまで上達していました。

拙ブログの中で、私は、本田美奈子.さんを「天才」(ときには「鬼才」)と

称していますが、

よく言われますように、

天才とは、1%の才能と、99%の努力によるものである」―ならば、

YOKOもまた、「天才」の名にふさわしい、といえます。

「泣いて済むものなら簡単」

平原綾香さんの“語録”にも、ほぼ同じような趣旨のものが有ったと思いますが、

それはまた、いずれ

(この稿、つづく)

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