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2010年6月23日 (水)

「クリスマスの約束2009」(4)~絶望の今…。

(前回からのつづきです)

本田美奈子.さんの遺された言葉、

「私は歌になりたい」

とは、いったい具体的には、どういう意味であったのか。

前の記事で、例によって、私の偏見と妄想により、

本田さんは、「神」、また「宇宙」との同化を望まれたのではないだろうか。

という、仮説を述べた。

さて、長くなり過ぎた本稿も、最終回。

やや、長文ではあるが、五木寛之氏の著書の引用からスタートする。

(引用開始)~~~~~~~

 音楽家であったクーディーたちも、やはりユダヤ人だったため、アウシュビッツに送られます。(中略)

いつ殺されるかわからない日々を送っていたある日、彼は、全収容所のなかから、プロのミュージシャンや楽器が演奏できる人だけを抜擢して作られたアウシュビッツ収容所の音楽隊のひとりに選ばれます。(中略)

 朝は起床の音楽を、体操のときには体操の音楽を、そして労働のときにはみんなの士気を鼓舞する音楽を。

 そして、土曜と日曜には―ここが大事なんですが―ドイツ人高官や非常に高い地位の将校、収容所の偉い士官とかその家族のための週末のコンサートをやるんですね。

 モーツァルトとかバッハとかいろんな音楽を演奏するんですが、昼間はガス室で何万人という人を焼き尽くし、ブルドーザーでその死体を埋めている人たちが、土曜の夜になると、コンサート・ホールに集まって、アウシュビッツのユダヤ人たちの演奏する音楽に本当に感動して、涙を流して聴き入るのです。(中略)

 この本に序文を書くよう依頼されたフランスの文学者ジュルジュ・デュアメルは、(中略)こういった内容の序文を書きました。

 (中略)これまで自分は、音楽とは、美しい魂の持ち主だけを感動させるものだと信じていた。そして自分を支えてきた。だが、血に染まった手を、ポケットに隠して感動できるモーツァルト、そんなものがあるんだったら、もう自分はクラシック音楽など信じない―。                                   (以下略)

~~~~~~(五木寛之著「夜明けを待ちながら」:東京書籍より 引用筆者)

 

さて―

あまりにも、酷い現実を思い知らされますね。

 ・・・・・・・・・

「動物が好きな人に悪い人はいない」とか、同様に、

「音楽を愛する人に悪い人はいない」

などともいう言葉も、皆さん、聞かれたことと思うが、

残念ながら、―

やはり現実は、そんなに単純なものではなかったのである。

というよりも、人間の「業」の深さを思い知らされる。

これは、もちろん、私自身も含めてのことなのだが。

 

ひとときの間、とはいえ、

ナチスの将校たちが、モーツァルトを聴いて涙を流したことも、真実である。

この瞬間、彼らといえども、「神」との対話が有ったことには違いないのである。

そうでないと、この事実の説明がつかない。

彼らもまた、「神性志向」が皆無ではなかった…。

ただ、いつも私が言うように、

                                                         

 

現実世界とは、非条理なものに違いない、のである。

 

小田和正さんが、このアウシュビッツの話をご存じかどうかは、分からないが、

音楽家であるならば、

「この“一瞬の真実”に賭けてみたい―」

という気になるのも必然であろう。

出来るかぎり大勢の歌手の参加を募ったのは、

この“一瞬の真実”、“一瞬の奇跡”を、より強固で確実なものにするため、

(そう、失敗は許されない)

そして、一層のパワーアップを企図したのであろう。

1970年代から現在に至る、21組もの歌手が、様々なスタイルの歌を歌われた。

そして、他の歌手は、そのアーチストが歌っている間は、

バックコーラスとして、その歌を支え続けた。

私の知る限りでは、これほどまでに壮大な、歌のメドレー(2250)なんて、

聞いたことがない。

 

地球上には、多種多様な価値観や文化が存在する。

それを互いに許容していくことの重要性。

殺戮・戦争の無い世界を築き上げるには、このようなことが求められる。

キミの音楽は、ボクのとは違う。でも、認めるよ

「クリスマスの約束2009」をご覧になった方は、

あのメドレーを通じて、改めてそのようなことを確信されたに違いあるまい。

ただ、これは今に判ったことではないはずだ。

多くの人類は、それを「経験」として、また「知識」として身につけている。

だが、現実はどうだろう…

「音楽」は、やはり、立ちはだかる厳しい現実の前には無力なのであろうか。

 

この葛藤が、TV局のスタッフの問いに対し、

小田和正さんが沈黙せざるを得なかったもうひとつの理由であろう、

と、私は推測する。

 

21世紀、ここまで錯綜と混迷を極めた現代、

本当に「音楽」は有効か、または否か。

哲学者:ニーチェ(→フリードリヒ・ニーチェ - Wikipedia)は、既に

 

「神は死んだ」

 

と喝破しているのだが………。

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

ところで、

“では、オマエは、このイベントを鑑賞して、「神」に出会えたのかね?”

という御質問が飛んできそうなのですが、また長くなりそうですし、

 

「言葉にするとこぼれてしまうから何も言いません」

 

と、今回はひとまず、小田和正さんの言葉をお借りすることにして…。

 

そして最後に、このような素晴らしい企画を立案・実行された小田さんはじめ、スタッフの皆様、また、参加されたアーチストの方々に、御礼を申し上げるとともに、このたびの、放送文化基金賞の御受賞にあたり、心より、お祝いを申し上げます。

                                      (この稿、了)

 

(付記)

さて、もしも、本田美奈子.さんが、他のアーチスト同様、小田和正さんより、

この「クリスマスの約束2009」に参加の要請を受けておられたら…

 

スケジュールが空いてさえいれば、快諾されたことでしょう。

私は、そのように想像します。ところで、何の曲を歌われるのか…。

“美奈子クラシック”は、彼女がついに辿り着いた、

彼女にとっての、至高の音楽的境地ですが、

この日ばかりは、あの、きらめくようなソプラノは“封印”して、

1986年のマリリン」を歌われたのではないか。…そんな気がしています。

 

しかも―とびきりの笑顔で…。

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 ご参考:

ルネ・クーディ他:著「死の国の音楽隊―アウシュヴィッツの奇蹟」

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