(前回よりつづいて、大内延介先生についてです)
後日………、
大内九段は、囲碁の林海峰九段との対談において、
次のような発言を残されています。
~~~~~
「僕が8二歩と打った時に、中原さんがすぐ同飛車と
取ってくれていれば、ああいう事件は起きなかった。
それが手洗いに立って帰ってくる何分かの間に、神の啓示というか、
僕の中に悪魔が宿ったっていうか、そうとしか考えられないですよね。
(中略)それを体験した時に、人間は運命付けられているのじゃないか
っていうような、運命みたいなのを感じますね。」
~~~(毎日コミュニケーション刊:「勝負の世界」(1987年)より 引用筆者
大内九段は、「運命」という言葉を使われていますが、
なぜ、このような間違った手を指されたのでしょうか。
もちろん、錯覚はプロ・アマ問わず、人間ならば避けられないものには
違いありません。
あるいは…、想像するに…
大内九段は▲4五歩以下の変化を、
相手の王様の詰み(=王様が、どこにも逃げられない状態のことです)
に至るまで、深く読み進めるあまり、
“既に、▲4五歩―△同銀―▲4四歩打の”必然の手順“を指してしまっている”
そんな錯覚に陥ったのではないでしょうか。
これは、私の想像ですが、この種の錯覚は、プロ棋士には時々ある、とも聞きます。
あまりにも深く、かつ緻密に、
(中盤の変化の多い局面では、数百手も読み進めることがある、と聞きます)
指し手を読むために生じることなのですね。
ですから、数十手~何百手も読まない(読めない)アマチュアには、
このようなことは、まず、起き得ないことであり、
その心理状態も、われわれには、なかなか想像し難い面がある。…
これも、私の仮説ですが。
~~~~~
この勝負の結末は、「引き分け」という結果に終わりました。
その後、中原名人の王様が絶体絶命の窮地を脱出、
“逃げ出し”に成功したわけです。
そして、次に行われた指し直しの勝負で、大内九段は敗退、
中原名人は、辛くも名人位の防衛を果たしました。
あの▲7一角を打つ前の局面は、
先手がほとんど勝っています。
野球に例えると、
「10対零、9回ツーアウト、ランナーなし」……
いや、10点差かどうかは、別にして、ともかく圧倒的な大差なのです。
野球ならば、逆転、もしくは同点などということは、あり得ない状況です。
しかし、将棋は別です。
僅か、一手のことで、形勢はひっくり返ってしまいます。
また、終盤戦において、“どう指しても勝ち”と思える局面が時々ありますが、
勝利につながる手は、実は、その内の一手だけ、という場合もよくあるのです。
そして、“早く勝ちたい”という気持と、“安全に勝ちたい”という
二つの相反する心理が、交錯する結果、
焦り・迷いが生じ、逆転負けを喫する…
これは、プロ・アマ問わず、将棋においては、
誰もが、幾度となく経験したはずです。
それにしても、なんと、将棋とは、
誘惑と、陥穽に満ちたゲームなのでしょうか。
どんなに有利、優勢な局面であっても、
つねに、“断崖絶壁”の状態にいるのだ、ということを、
自覚せねばなりません。
「勝利」へとたどり着く道は、いつも、細い道が1本残されているのみ…
ここまで書くと、「浄土の真宗」における、「念仏道」と、
なぜか、私には、重なって見えてくるような気がします。
http://bluesky1010.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_513f.html
いや、またも“ヘボ将棋”の身で、くだらぬ“寄り道”をしてしまいました。…
ところで、いかに、御訪問者も少なく、かように辺鄙なブログとはいえ、
当の大内九段にしてみれば、“二度と見たくもない” 将棋を
(御本人にすれば、たぶん、そうだろうと想像するのです)、
取り上げてしまったわけですが、もちろん、申し上げるまでもなく、
八段、九段といえば、プロの最高峰、A級棋士であり、
我々からすれば、神様に等しい存在です。
非難とか、そういった中傷めいた意図は、毛頭、ございません。
むしろ、
どんなに勝勢の局面であっても、一手間違えば、
あッというまに、敗北へと転落していく、
「これが、将棋なのだ」
ということを、あらためて、世に広く知らしめた、
これこそが、この名人戦における、最大の“眼目”であったような気がします。
昔、ある人に、
「囲碁と将棋って、どちらが面白いのですか?」
なんて、訊かれたことがあります。そこで、私は、
「私は囲碁については、よく、知りませんし、
今は将棋の方を、好んではいますが、比べるならば、
『囲碁は宇宙、将棋は人生』、という風に例えられると思っています」
と、答えたことがあります。
ならば、私流に申せば、
「これが、将棋なのであり、これが、人生なのだ」ということになるでしょう。
さて、不世出の大棋士、大山康晴第十五世名人の棋風は、かっては、
「表芸は矢倉、裏芸は振り飛車」(後年は、逆になりましたが)
と言われていました。
大内九段が、最近どのような将棋を指されていらっしゃるのか、
不勉強につき、存じませんが、
ぜひ、「裏芸の居飛車」でもって、いや、振り飛車でもいいのですが、
(氏の名著、「5七銀左戦法」は私の”バイブル”でした)
5七銀左戦法 @将棋 棋書ミシュラン!
今一度、棋界において”怒涛のひと暴れ”をしていただきたい。
それが、かの時代を知る、“あるオールド・ファン”の願いなのです。
(長文乱文妄言多謝、この稿了)
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付記:
前回ご紹介しましたURLをもう一度、ご紹介しておきます。
当該図面と解説がアップされています。
”語り継ぐために・・・
及び、“タイトル通り” 忘れようとして。
「穴熊囲い」のURLを貼るのを、ウッカリしておりました(苦笑)。
穴熊囲い - Wikipedia いい命名ですネ。
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