2019年6月22日 (土)

忘れようとして(35)~沖田総司と「燃えよ剣」<補遺>。

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前回を、沖田総司についての最終回とするハズだったのですが、

気が変わりまして(笑)、

本日は、書き残したことを少し、記しておくことにしました。

 

 

  • 「総司」の読み方

考えてみれば、“今さらながら”の話なのですが…

 

「沖田総司」の名前の読み方についてです。

これは、【そうじ】と読むのが正しい。

沖田本人の手紙に、自分の名前を

「沖田総二」と自署したものが残っていることからも

証明できます。

ところが、1970年のTV映画では、【そうし】と発音していました。

その理由とは…。

 

3/21の拙ブログ

「一番隊隊長の沖田総司を島田順司(じゅんし)がそれぞれ扮していました。」

と書きましたように、総司役を務めた、

かの名優:島田順司の名は、【じゅんし】と読むのです。

 

これを知った脚本家の結束信二(だったと思います)が、

「そっちの方がいい」ということになり、

【そうじ】ではなく、

濁らずに【そうし】と呼ぶようにした…

 

とまあ、そんな経緯があったということを、

どこかで聞いた記憶があります。

 

私はTVで沖田総司を知ったのですから、

長らく、【そうし】と読むのが正しいのだと、思い込んでいました。

今でも、個人的には濁点なしで呼びたい気分ですし、

沖田総司というキャラクターには、

そっちの方が合っているのでは、という感想を持っています。

 

と、いうことは…

1970年の「燃えよ剣」より遡ること5年、

1965年のTV映画、「新選組血風録」が、

ほぼ同じスタッフ・キャストで制作されていますから、

「血風録」でも既に、【そうし】という呼び方になっていたのかもしれません。

 

既述のように、私は「血風録」は観ていなかったのですね…

 

このシリーズ、まだモノクロ映像ではありましたが、

「燃えよ剣」に劣らず、なかなかの出来栄えだったそうです。

 

中でも、

沖田総司と、彼の佩刀とされる、

名刀「菊一文字則宗」を題材にとった、

7話の『菊一文字』は、

視聴者はもちろん、スタッフからも、

(今ふうに言えば)“神回”と絶賛されたと、聞いています…。

 

当時の映画を観ることは困難でしょうが、

司馬遼太郎の原作は、今でも読めますので、ぜひご一読を。

七百年の時を生きてきた、「菊一文字則宗」と、

天才剣士:沖田総司との運命的な出逢いとは……

 

15話からなる「新選組血風録」ですが、

司馬は、その最終章に、この『菊一文字』を配置しています。

 

 

  • 「菊一文字」

さて、上にも書きました、沖田総司の佩刀についてです。

近年は、「刀剣乱舞」というゲームが大流行しているそうですね。

(私、こういったジャンルには、“チンプンカンプン”でして)

確か、このゲーム(演劇にもなっているらしい)

のキャラにも「菊一文字」が登場しているような噂を、

聞いたことがあるような、ないような…(苦笑)。

 

 

一般に、

「沖田総司の刀は、『菊一文字則宗である』」と言われていますが、

これについては、

司馬遼太郎の創作、ということが定説となっています…

………………………………

と書き始めたら、“ある一文”がネットで目に入りました。

 

 

曰く、

 

「この件の“ルーツ”は、そもそも、

子母澤寛が彼の著作『新選組始末記』にて、

『沖田総司の刀は菊一文字細身のつくり』と書いたことに始まる」

 

というのです。

 

 

どうせ、私のアタマなんぞ、アヤフヤなものですが、

“それは知らなかった”と、あわてて、

「始末記」を再読しました。

 

が、そんな記述は見当たりません。

ならばと、念の為に、同じ著者の、

「新選組物語」「新選組遺聞」にも目を通しましたが、

やはり、そのようなことは、どこにも書いていません。

このブログを書くにあたって、

何十年ぶりかに、新選組に接したのですが、

気分は、浦島太郎のような(笑)。(こんな比喩でいいのかな?)

 

 

そんな中、たどり着いたのが、

松帆神社様(←リンクを貼っています、御参照のほど

20173月のブログでした。

そこに引用されているのは、

結喜しはや(京都生まれの幕末維新研究家)の論です。

 

詳細はそちらをご覧いただくとして、

要は、「菊一文字」と司馬遼太郎を結びつけたもう一人の人物として、

忘れようとして(29でご紹介した、

医師・作家の森満喜子のお名前が見られるのです。

 

 

この説が“決定打”かどうか、私には判断できかねますが、

非常に有力であるかもしれません。

 

 

ということで、そろそろ締めないと(苦笑)。

ここは松帆神社様の言をお借りして、

 

 

総司が主に使った刀は加州清光、総司が愛した刀は菊一文字

 

 

ウン、これが一番いいかもしれない、と思うのです。 (つづく)(文中敬称略)

 

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2019年6月15日 (土)

忘れようとして(34)~沖田総司と「燃えよ剣」<6>。

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(前回からのつづきです)

 

1970年のTV映画では、土方歳三役の栗塚旭が、

フランスの陸軍服に身を包み、夜の闇に紛れて、

島田順司が扮する病床の沖田総司に、

会いに来るシーンがあったような、かすかな記憶があるのですが…。

 

既に近藤勇は、千葉の流山にて、

新政府軍に捕えられ絶命しています。

もちろん、そんなこと、総司には口が裂けても言えません。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「総司、おらァ、これから蝦夷に行く」

「蝦夷へ?」

「そうだ。蝦夷で薩長の奴等に、一泡も二泡も吹かせてやるさ」

「フフ…土方さんは、いつも元気だな」

「おまえも早く元気になれよ。待ってるからな、総司」

「なりますとも。必ず待っていてくださいよ」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 

そんなセリフが結束信二の書かれた脚本にあったかどうか、

これもまた、今となっては“謎”ということで…

 

 

あと、司馬遼太郎の筆による“伏線”を追記しておきます。

 

前回、総司がお光に手を差し伸ばす場面を

原作から紹介しました。

 

時は、さかのぼって、

鳥羽伏見の戦いで幕府・新選組が敗れた直後、

彼らは大阪へ敗走しましたが、そのときのこと。

総司は既に、到底戦える体ではなく、

その身を、よこたえていました。

歳三が、その痩せた総司の手をとろうとしたとき、

逆に総司は、その手を引っ込めてしまいます…

                                  (「燃えよ剣」(下)『大坂の歳三』)

 

司馬は、そんな総司の奥深い心理も、描写していました。

 

 

TV映画の「燃えよ剣」に戻ります。

 

歳三と別れ、それからお光と別れて、

総司はついに一人になってしまいます。

 

そして…(私の記憶によると)

最後の画面で、“沖田総司死す”の文字がアップになり、

23話(最終回より3週前)「沖田総司」の回は終わります。

 

 

あと、司馬遼太郎の「燃えよ剣」ではありませんが、

以前にご紹介した大内美予子の小説「沖田総司」を開いて、

沖田総司の最期の場面を読んでみようと思います。

 

大内は、前回の記事に紹介した、

子母澤寛の、黒猫のエピソードを“下敷き”にしつつ、

“沖田総司が小鳥を飼っていた”という挿話を交えて描いています。

総司は、息を引き取る直前に、その小鳥を逃がしてやるのです。

 

~~~~~~~~~~~~~~

総司は鳥の影を追う視力がすでになくなっているらしく、

「飛んで行った?」

とたしかめるように聞いた。(中略)

夕刻、もう一度かすかに目を開いて、

庭の方角をさぐるようにしていたが、

「あの猫、また来てるかな?」

はっとするほど、明るい声で言った。

「小鳥はもうういないのに……」

それが、総司の最後の言葉になった。

~~~~~~~~~~~~~大内美予子「沖田総司」『水車』より

 

この小説を通読して、あらためて、

「この書は、大内氏の沖田総司に宛てた、ラブ・レターなんだな」

って思いました。

 

 

長々と沖田総司について書いてきました。

 

繰り返しになりますが、彼の“美しいまでにミステリアスな魅力”

を再掲しますと、

 

「剣術は天才的」「子供好きな明るい性格」「25年の短い人生」

 

ということなのですね。

 

名優:島田順司をはじめ、

これまで数え切れないほどの多数のスターが、

沖田総司を演じてきました…

例えば、草刈正雄、田原俊彦、有川博、東山紀之、藤原竜也、

“変化球”では、牧瀬里穂(←なんと女優が!)… 

もう、キリがないのでやめますが、今回の映画では、

山田涼介が出演されます。

 

 

以前の記事でも書きましたが、

そもそも沖田総司の役は難しいし、

長くても2時間程度であろう、と思われる

映画自体の時間的な制約もあるでしょう。

でも、“どこかキラリと光っているような” …

 

山田涼介には、彼ならではの沖田総司像を期待しています。

                                                       (つづく)(文中敬称略) 

 

*大内美予子「沖田総司」は、新人物往来社刊から引用しました。

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2019年6月 8日 (土)

忘れようとして(33)~沖田総司と「燃えよ剣」<5>。

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(前回からのつづきです)

 

沖田総司山南敬助について、色々と書き連ねてきましたが、

さて、私が観ておりましたTV映画の「燃えよ剣」(1970年放映)では、

このシーンがどう描かれていたか、となりますと、

“忘れようとして”としてどころか、完全に忘れ切っております(笑)。

 

山南敬助が旅籠(はたご)の二階から、

追ってきた沖田総司を見つけて声を掛ける―

というパターンだったかな…

調べてみますと、山南を演じた俳優は河上一夫、とあります。

申し訳ないですが、名前もお顔もまったく記憶にありません(苦笑)。

 

 

でも、沖田総司の最期の場面は

おぼろげながら、覚えております。

 

新選組隊士の中で、沖田のように、

畳の上で生涯を終えた者は、多くはいません。

 

 

姉のお光が、

京から江戸に帰ってきた、死期の近い総司を訪ねます。

お光は実在の人物。

写真が残っていない総司とは違い、彼女の晩年の写真は存在します。

 

お光に扮した女優は、ずっと光本幸子だったと思っておりましたが、

(名前の“光”つながりのカン違いでしょうか)

この度調べてみますと、葉山葉子だったと判明。

お二人とも、当時の時代劇女優のトップスターでした。

 

 

“沖田の最期”というと、子母澤寛が「新選組物語」に著した

黒猫のエピソードがあまりにも有名です。

ご存知ない方のために、ご紹介しますと、

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

沖田総司が死ぬ三日ほど前、急に元気になって、

植木屋の庭に出たところ、見たことも無い黒猫がいる。

何を思ったか、彼はその猫を斬ろうとした。

が、どうしても斬れない。

次の日も、またその次の日も、同じことであった。

 

ついに沖田は、

「ああ、俺ア斬れない、俺ア斬れない」

と叫んだきり倒れてしまう。

ある日の昼頃、目を閉じたまま、

「ばアさん、あの黒い猫は来てるだろうなァ」

を最後の言葉にして、息を引き取った。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

かなり要約したのですが、これが子母澤寛が、

介抱していた老婆が沖田の兄夫婦に語った実話として書いた

天才剣士:沖田総司の最期です。

 

詳しい理由は存じませんが(苦笑)、

このエピソードも、子母澤による創作ではないか、

といわれています。

 

 

一方、司馬遼太郎の「燃えよ剣」では、この黒猫の話については、

“伝説”という言葉で、1行だけ記しています。

その司馬が描いた、

総司とお光との別れのシーンのごく一部を。

 

~~~~~~~~~~~~~~

「総司さん、私どもは庄内へ行きます」

といった。

総司の微笑が、急に消えた。

が、すぐいつものこの若者の表情にもどり、

「そうですか」

と布団のなかから手をさしのばした。

おそろしいほどに痩せていた。

お光はその手をみた。

どういう意味だか、とっさにのみこめなかったのである。

~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(下)『沖田総司』より

 

沖田総司の臨終の場面は、「燃えよ剣」の下巻の中でも、

最重要箇所のひとつだと思いますが、

さすがに、司馬の筆の運びは的確で無駄がなく、

それでいて、涙があふれてきます。

 

TV映画では、総司に扮した名優:島田順司の淡々とした演技が、

いっそうのこと、見る者の切なさを募らせていたように思います。

 

では、このシーン、原作に倣って、

総司がお光に手を差し出す演出があったのか、ということですが、

「たぶん」あったと思います。

よほど葉山葉子の美貌に気をとられていたようでして(笑)、

今となっては、“謎”であります。

 

ときにですが…「黒猫」は登場していません。

 

 

言うまでもなく、土方歳三は、

沖田総司にとっては兄のような存在でした。

原作本にはありませんが、

TV映画では、夜の闇に紛れ、

歳三役の栗塚旭が、フランスの陸軍服に身を包み、

総司に会いに来るシーンがあったような気がします。 (つづく)

                                                        (文中敬称略)

 

*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版から引用しました。

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2019年5月 5日 (日)

忘れようとして(32)~沖田総司と「燃えよ剣」<4>。

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                ↑

(沖田総司を題材にした作品はいっぱいあります。

小説・戯曲・TV・マンガ・エッセイ・イラストetc

上の写真は、大内美予子の小説「沖田総司」新人物往来社1972年刊)

 

 

(前回からのつづきです)

 

実は、山南敬助は「脱走」したのではなかった―

そんな異説があります。                

 

当時、新選組内部に権力抗争があった、というのは事実のようです。

そして、土方歳三は、山南を排除するために、

ある策略をめぐらした、というものです。

つまり…

 

総長の山南は「公用である」と、新選組屯所から外出していった、

そこで、彼と一番仲の良い沖田総司を呼びに行かせる、

帰ってきたところを、「脱走」の罪をデッチ上げて、山南を処刑した―

 

山南の「公用」については、

仕組まれた“罠”か、あるいは、実際にそうであったのか、

両方ともあり得ると思いますが、

この仮説なら、前回に挙げた、

この事件の矛盾点は解消されそうに思います…

 

 

ただ、如何せん、真実のほどは、不明です。

 

 

司馬遼太郎の「燃えよ剣」では、通説どおり、

「脱走」説に基づき、描かれていますが、

山南と沖田との会話は、驚くほど簡潔なものです。

 

また、沖田総司を扱った小説は数多く存在する中で、

手元にある大内美予子の小説「沖田総司」を開きますと、

(お察しのとおり、総司ファンには、女性が多いのです)

こちらも「脱走」説ではありますが、

司馬作品と比べ、非常に長い二人の会話が続いていきます。

 

ただ、沖田の発する言葉に共通点が見られるのですね。

 

「燃えよ剣」では、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「山南先生が、どうしても江戸に帰りたいとおっしゃるなら、

刀をお抜きください。私はここで斬られます」

~~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(上)『憎まれ歳三』より

 

次に、大内の描く沖田。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「私は、ここで死んでもいいのです。

だが、山南さんにはどこかで生きていてほしいのです」

~~~~~~~~~~~~~大内美予子「沖田総司」『山南敬助』より

 

沖田総司は、自分が病気(=結核)であることから、

そう長い命ではない、ということを自覚していた―

だからこそ、山南に対して上のような言葉を言わせしめたのですね…

 

山南の無念の想い、またそれが解り過ぎるほど解っている沖田…

胸がしめつけられるような辛い場面ではあります。

 

司馬遼太郎は山南の切腹の場面に続けて、彼の“愛人”であった

明里(【あけさと】、又は【あきさと】)との別れについても書いています。

この経緯は、子母澤寛の「新選組物語」の『隊士絶命記』に

微に入り細にわたる記述があるのですが、

現在、この山南と明里のエピソードは、

子母澤寛の創作ではないか、という説が有力だそうです。

その理由としては、

 

1.山南は、「岩城升屋事件」の斬り合いの際にケガをしていたから、

 遊郭へ通える時間などなかったのではないか

2.当時の京都島原の遊郭の名簿を見ても、

 太夫→天神→芸妓(これは、遊女の“ランク”。左方が上位)

のいずれにも 「明里」の名前は無い

3.子母澤の著わした『隊士絶命記』に登場しているのが、永倉新八

彼は山南から明里宛ての手紙を預かったとあるが、

彼の書き残した書物(彼は維新後も生き延びた)には、

このことは一切触れられていない           等々。

 

忘れようとして(29において、

「子母澤寛の書いた『新選組三部作』は、

内容的には、主に“聞き書き”といった手法で構成されています」

と、私は書きましたように、

子母澤のフィクションの部分もあったりするそうです。

 

これは司馬遼太郎の「燃えよ剣」も同様で、

いかにも史実のような文章でありながら、

創作(或は勘違いか)とおぼしき箇所も混じっている、とのことですので、

歴史の専門家でもない小生には、誠にタイヘン(苦笑)。  (つづく)

                                                              (文中敬称略)

 

*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版、

大内美予子「沖田総司」は、新人物往来社刊からそれぞれ引用しました。

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2019年4月23日 (火)

忘れようとして(31)~沖田総司と「燃えよ剣」<3>。

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(前回からのつづきです)

 

沖田総司が没したのは、25歳あるいは、26歳ともいわれています。

これは、彼の生年が確定していないからです。

前回ご紹介した子母澤寛の『新選組三部作』を開いても、

「新選組物語」は“25歳説”ですが、

「新選組遺聞」では“26歳説”になっている、という状態。

 

ついでに言いますと、沖田の亡くなった場所も、

「新選組始末記」では“松本良順(将軍に仕えていた医師)の私邸”とあり、

「新選組遺聞」では“植木屋の平五郎(旗本の出入り業者)宅”と、

二通りの記述がありますから、当時からハッキリしていなかったのですね。

(明治政府に見つかると直ちに処刑されますから、身を隠さざるを得なかった)

 

いずれにせよ、沖田総司が近藤・土方に従って、

京都に上り、新選組隊士となったのが20-21歳の頃ですから、

実に短い生涯ではありました。

一番隊組長として、最前線で剣を振るっていたのが、約4年間。

この間、新選組が関係した殺戮の場面で、

彼の名前は、非常に頻繁に登場しております。

 

ところが、これも「ふしぎな若者」と言われる所以のひとつですが、

沖田に対しては、なぜか、近藤勇土方歳三と比較して、

官軍側からの非難・悪口が少ないことを、特筆しておきます。

 

 

先に「新選組が関係した殺戮の場面」と私は書きました。

沖田総司との関わりと言う点から、私が真っ先に思い出すのは、

“池田屋事件”よりも、むしろ“山南敬助脱走事件“です。

 

前々回に、

「今回の映画化では芹沢鴨伊藤英明が演じる」と書きましたが、

“悪役”のイメージが色濃い芹沢を演じるよりは、

私としては、伊藤英明には、

新選組総長:山南敬助の役のほうがふさわしい、と思いました。

そして、「芹沢暗殺事件」を脚本に組み入れるよりも、

奥深い人間心理が交錯する、

「山南『脱走』事件」を描くほうに、よほど興味があります。

 

 

山南敬助も、土方歳三、沖田総司らと同じく、新選組創立以来の仲間。

仙台藩を脱藩してきたといわれ、

“腕っぷし”のみが優先された隊士の中では、

珍しく文武両道に秀でた人物でありました。

しかし、隊内の内部抗争の中、

「脱走」の罪により、切腹を命ぜられてしまいます。

このとき、山南を介錯(首を斬り落とす役目)したのが、

ほかならぬ沖田総司でした。

沖田自身は、近藤・土方に対するのと同じくらいに、山南を慕っていたそうなのですが―

 

 

この事件、どうも“腑に落ちない”点があります。

 

 

1.「脱走」した山南を捕えるために差し向けた隊士が沖田ひとりだった

2.山南は何ら抵抗せずに、沖田と一緒に帰ってきている

 

 

<1>については、ひょっとしたら、

土方も山南を逃がす意図があったのでは、という見方も可能です。

追跡者が一人だけ、というのはいかにも不自然。

<2>に関しては、山南も北辰一刀流の使い手、

刀を抜いて斬り結ぶことになれば、

相手は天才剣士:沖田であっても、斃せる見込みは皆無ではないはず。

一体、二人の間にどんなやりとりが交わされたのでしょうか…

 

 

実は、山南敬助は「脱走」したのではなかった―

そんな異説は次回に。                  (つづく)

 

                                     (文中敬称略)

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2019年4月18日 (木)

忘れようとして(30)~沖田総司と「燃えよ剣」<2>。

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(前回からのつづきです)

 

さて、司馬遼太郎の「燃えよ剣」です。 

 

彼はこの小説、及び「新選組血風録」に登場する沖田総司を、

前回ご紹介した、

森 満喜子が挙げた「3条件」を踏まえつつ、描いています。

以下に再掲しますね。

 

  1. 天才的な剣の使い手であったこと
  2. 不治の病(結核)に侵されていたこと
  3. にもかかわらず、非常に明るい性格であったこと

 

 これらを“司馬遼太郎流”に統括すると、

ふしぎな若者」ということになるのでしょう。

テーマの「燃えよ剣」ではないのですが、氏の別の小説から引用します。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いま一ついえるこの若者のふしぎさは、剣術練磨者にありがちな

偏執者的性格をいささかももっていないことだった。

「総司は生れたままのような男だ」

と、副長土方歳三がよくいった。

~~~~~~~~~司馬遼太郎「新選組血風録」『菊一文字』より

 

 

その泣く子も黙る副長:土方歳三ですが、「燃えよ剣」においては、

沖田総司にだけは、“好き放題”に言われているのです。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「新選組も、同じですな」

沖田はくっくっ笑って、

「土方さんなど、狂人の親玉だ」

「なにを云やがる」

こわい顔をしてみせた。

が、沖田は、新選組の隊中で鬼神のように怖れられている

この歳三が、ちっともこわくない。

~~~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(上)『池田屋』より

 

 

この屈託のなさと、剣を手にした時の強さとの“落差”に

惹きつけられますね。

当世流行中の“ギャップ萌え”の原点はここにあります(笑)。

 

 

この「ふしぎな若者」という雰囲気を、

役の上で表現し切るのは、なかなか困難なことでしょうが、

私の中の沖田総司”といえば、

やはり島田順司なのですね…。

 

前回のブログに記しましたように、彼は、

1965年の「新選組血風録」、

1970年の「燃えよ剣」に沖田役で出演していました。

加えて、オールド・ファンならば、“もう1本の映画”の存在を

ご存知のはず。

 

1967年4月から9月まで26回にわたり放送された、

「俺は用心棒」です。

頃は幕末、栗塚旭が主役の素浪人を演じ、

島田順司が、沖田総司に扮しましたが、彼はあくまで“脇役”でした。

つまりWikipediaを見ますと、出演回は、全体の半分くらいにとどまります。

このTVも好んで見ていましたが、島田順司の現れるシーンには、

いつも、“総司のテーマ”といった感じの爽やかな音楽が

流れていた記憶があります。

 

ともあれ、島田順司は、TV映画の3作品、

通算すれば、1年半(!)にわたり沖田総司役を務め上げたことになるので、

私のように「沖田総司=島田順司」といったイメージをお持ちの方は、

多いのではないでしょうか。

 

 

そんな私の“映像の沖田総司“の思い出としては、

島田順司が、ニコニコと笑いながら、

お寺の石段(階段?)に腰を掛け、

邪魔になる刀は、帯から抜いて、

肩にもたれさせるように、立てかけています。

そうして、子供たちが遊んでいるのを眺めている…

着物は紺の「かすり」だが、あの派手な新選組の羽織は着ていない…

 

 

以上のような感じかな(笑)。

 

 

子供は好きだった、ということも間違いのないところです。

現実に沖田総司と遊んだことのある、古老の言葉が残っていますね。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この沖田が近所の子守や、私たちのような子供を相手に、

往来で鬼ごっこをやったり、壬生寺の境内を駆け廻ったりして遊びましたが、

そんなところへ井上源三郎(筆者注:六番隊組長)というのがやって来ると、

「井上さんまた稽古ですか」

という。井上は、

「そう知っているなら黙っていてもやって来たらよかりそうなもんだ」

と、いやな顔をしたものです。

~~~~~~~子母澤寛「新選組遺聞」八木為三郎老人壬生ばなしより

 

 

確かに、“立ち回り”のシーンの記憶はあまり残っていないのです。

そういえば森 満喜子も、

「島田順司は、沖田総司役をほぼ完璧に演じているが、

“剣の天才”という点だけはどうか」

といったニュアンスのことを言ってらしたような…。(ウロ覚えなので)

 

但し、このことには、俳優個々の技量もさることながら、

沖田総司の殺陣の場面に関しては、独自の工夫を加える、

ということも必要なのでしょう。

 

 

「沖田総司のキャスティングは難し過ぎる」

と、私は書きましたが、その“ポイント”は、

ふしぎな若者

というキーワードに秘められているように思えます。 (つづく)

 

                                                                  (文中敬称略)

 

*子母澤寛「新選組遺聞」は、中公文庫版から、

*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版、

「新選組血風録」は角川文庫版から、それぞれ引用しました。

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2019年4月 6日 (土)

忘れようとして(29)~沖田総司と「燃えよ剣」。

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(前回からのつづきです)

2020年公開予定の司馬遼太郎原作の「燃えよ剣」ですが、

監督・脚本は、原田眞人。

発表された配役は、このブログを書いている時点で5人です。

 

 

岡田准一が、主役の土方歳三を演じることは前回書きました。

発表されている他の4名は、

局長:近藤勇には、鈴木亮平、

一番隊隊長:沖田総司を、山田涼介

新選組初代局長:芹沢鴨を、伊藤英明、

そして、

お雪(司馬遼太郎の創作人物)には、柴咲コウ、

それぞれが扮します。

 

私が「お!」と感じたのは、岡田准一、鈴木亮平、柴咲コウといった

“絶妙”な配役を見て、制作者側の「本気度」を確信したのです。

ただ、芹沢鴨を伊藤英明が演じることについては、

“あ、そこか…”と思いました。

 

新選組を扱った場合、ほとんど「芹沢鴨暗殺」のエピソードが

挿入されるのですが、そこの部分に貴重なフィルムの“尺”、

つまり(上映の)時間をいくばくか費やしてしまうことになります。

私なら“芹沢鴨抜き”でのドラマ進行を考えたいのですが…。

1970年の2クールにわたるTV映画のように、

時間に余裕があれば別ですが)

 

さて、沖田総司に扮する山田涼介については、

私、何も知らないのです(苦笑)。

いわゆる“ジャニーズつながり”での配役でしょうか…。

“まあ、誰でもいいよね”というのが、私の第一感でした。

これは、「批判」でもなんでもありません。

つまり、「沖田総司のキャスティングは難し過ぎる!」

というのが、正直な私の想いなのです。

 

 

“沖田総司を演じるための3条件”というのを

お聞きになったことがありますでしょうか。

これは、沖田を主題にして多くの小説を著した、

医師で作家の森 満喜子が挙げていました。

 

  1. 天才的な剣の使い手であったこと
  2. 不治の病(結核)に侵されていたこと
  3. にもかかわらず、非常に明るい性格であったこと

 

上記の3つの要素が、“沖田役”にとっては必須、であると。

 

この「3条件」は、

子母澤寛の書いた『新選組三部作』にその原型が存在します。

彼がその著作を発表したのは19291931年で、

その頃は、まだ明治維新を生きてきた人々が存命中でしたから、

内容的には、主に“聞き書き”といった手法で構成されています。

 

では、沖田総司についての記述を、

その『新選組三部作』から、ちょっと読んでみましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

丈の高い痩せた人物、肩がぐっと上がり気味に張って、

頬骨が高く、口が大きく、色は黒かったけれども、何処かこう、

いうに云われぬ愛嬌があった。

~~~~~~~~~~~~~~~子母澤寛「新選組遺聞」より

多くの人々が抱いている“イケメン”という雰囲気ではなさそうです。

 

同じ本から子母澤寛の“聞き書き情報”をもうひとつ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

江戸へ戻る富士山艦の中でも寝たきりであったが、他の病人達と

相変わらず戯談口を利いて、笑ってばかりいた。

「笑うと後で咳が出るので閉口するな」

といったのを近藤が聞いて、

「あんなに死に対して悟りきった奴も珍しい」

と、後で、牛込廿騎町の自宅で妻のつね女へ話したことがある。

~~~~~~~~~~~~~~~子母澤寛「新選組遺聞」より

こういったところが、沖田に対する“イメージ”の

「原点」を構成しているのでしょうね。

 

さて、沖田総司の剣技についてです。

これについては、沖田家に、

「総司が12歳のとき、藩の指南役と試合をして、勝利した」

という古文書が現存しています。

“そんなの、作り話じゃない?”って、思いますよね(笑)。

でも、強かったのは、紛れもなく真実でした。

 

新選組創立以来の同志で、二番隊組長を任ぜられた、

(ちなみに沖田総司は、一番隊組長)

永倉新八の残した言によりますと、

「土方歳三、井上源三郎、藤堂平助、山南敬助などが

竹刀を持っては子供扱いされた。

恐らく本気で立ち合ったら師匠の近藤もやられるだろうと

皆が言っていた」

と語っていることからも証明できます。

 

 

さて、司馬遼太郎の「燃えよ剣」です。    (つづく)

 (文中敬称略)

 

*子母澤寛「新選組遺聞」は、中公文庫版から引用しました。

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2019年3月21日 (木)

司馬遼太郎原作の「燃えよ剣」が映画化されます。

燃えよ剣」が2020年公開を目指して、

製作されることが発表されました。

映画化は54年ぶり、とのことです。

私が、新選組副長の土方歳三の生涯を描いた、

この小説を知ったのは、TV映画からでした。

Wikipediaで調べてみますと、そのTVの放送時期は、

197041 - 923日」とあります。

“第1次オイルショック”の頃ですね。

ちなみに、以前に映画化されたのは1966年といいますから、

いずれにせよ、古いハナシではあります(笑)。

TVの放映回数は、全26回だったということですが、

このように、当時は2クールにわたるドラマが普通だったように思います。

阪神淡路大震災により、持っていた書物の多くを失いましたが、

幸運にも「燃えよ剣」の文庫本は、今も手元に残っています。

私の習慣で、購入年月日と書店名を書いていますので、

あらためて見てみますと、「1973910日 ○○書店」。

ということは、購入したのは、放送を見てから3年後。

その本屋さんは家の近くにあり、実によく通ったものですが、

震災で、商店街自体が無くなったと思います(現地に行ってないので)。

その本の写真もアップしようと思ったのですが、

3/19より、「ココログ」のフォームが全面改訂になり、

私のような、小学生以下のIT知識では、写真の表示が、

どうやってもうまくいかないので、アキラメました(苦笑)。

新潮文庫です。(←リンクを貼りました)

「カバー:池田浩彰」とあり、このデザイン、なかなかいいのですね。

映画のタイトル文字にも使えそうです(笑)。

先日、外出した際、現在の本も、手にとってみました。

配色は異なりますが、同じ意匠で、

(タイトル・著者名の配置とサイズ・色は若干異なります)

「映画化決定」の文字が躍る“腰巻”(=帯)が付いていました。

いずれ、主演の岡田准一の写真も印刷されることでしょう。

あと“こぼれ話”ですが―

不世出の左腕投手、江夏 豊(阪神-南海-広島-日本ハム-西武)は、

36歳にして、メジャーリーグに挑戦のため、渡米しますが、

そのとき、彼の荷物の中には、愛読書の

この「燃えよ剣」を入れていたと聞いています。

きっと幾度となくこの本を開いては、

ご自分の闘志を奮い立たせたことでしょう。

2020年の映画では、主演:岡田准一」と記しました。

そのとおり、彼が土方歳三を演じます。

私は、適役である、と大いに期待しています。


1970年のTV映画ではどうだったでしょうか。

土方歳三を、栗塚旭(あさひ)、

局長の近藤勇に舟橋元(げん)、

一番隊隊長の沖田総司を島田順司(じゅんし)がそれぞれ扮していました。

この3人、これまた見事なくらいにハマっていましたね~。

(と書いても、若い方は、ご存知ない俳優ばかりでしょうなー)

それも道理、この“トリオ”、1965年のTV映画

「新選組血風録」(これも全26回)(同じく司馬遼太郎原作)でも、

まったく同じ配役で出演しているのです。


「新選組血風録」については、殆ど記憶が無いのですが、

(これは、モノクロ作品でしたね)

「燃えよ剣」のTVは、毎週見ていたと思います。

この“トリオ”によるTV映画2作品のヒットにより、

「新選組ブーム」も決定的なものとなりました。


ただ、“ブーム”はいいのですが、

「土方歳三」=「栗塚旭」というイメージがあまりにも

強くなり過ぎた、という面も否定できません。

ですから、その後の俳優活動の上で、

栗塚旭ご本人も、ずいぶんとご苦労されたこともあっただろうと推察。


当然、岡田准一も、今回の映画化にあたって、

栗塚旭のTV映画のことは、知らされているはずです。

だからこそ彼が、また新しい魅力に溢れた土方歳三を、

創り出してくれるに違いない、と考えています。

土方歳三は、1869年(明治2年)511日、

北海道は函館の五稜郭の戦いで、戦死しました。

享年34歳。

今年は彼の死後、ちょうど150年にあたりますね。


そんな想いとか、この新作映画へ寄せる期待とかも含めつつ、

「燃えよ剣」について、ちょっと記してみるつもり。  (つづく)

                                                         (文中敬称略)

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2019年2月12日 (火)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(17)~政治の危機。

(前回からのつづきです)

 

昨年末、「新語流行語大賞」が話題となっていたのと、

ほぼ同時期、やはり、安倍内閣による、

外交面での“誤魔化し”が表面化した。

忘れている方も多くいらっしゃるかもしれないが

私は、かなりの“大事件”と判断している。

 

2018/11/13の安倍首相と、ペンス米副大統領との日米通商交渉。

ペンス氏の発言を、「FTA」と訳したNHKニュースは、

(官邸の命令であろう)直ちに訂正させられた。

日本政府の“言い分”は

FTA(自由貿易協定)ではなく、TAG(物品協定)なのだ」と。

 

しかし、ペンス氏は、来日前夜の自分のTwitterで、

「これから日米間のFree Trade Agreement交渉が始まる」と

100%完全に、明記しているのである。

 

ちなみに、外国メディアは、

―当然のことだが、官邸の意向は受けない―

より、現実の事象に即した報道を行おうとしている。

「より」と記したのは、日本のマスコミと比べて、という意である。

 

 

このとき、AFP通信は、「FTA交渉で日米合意」と報じた。

 

 

私が、“大事件”と申し上げたのは、

以下の3つの事由による。

 

1.政府が国民を騙している

2.政府がメディアに圧力をかけた

3.メディア(NHK)がそれに屈した

 

次に、やはり昨年11月の頃になるが、

日ロ平和条約交渉において、

プーチン大統領は、自国メディアの前で、

「先に安倍首相の方から提案してきた2島先行返還で合意した」

と語ったというもの。

当時、これを伝え聞いた安倍首相は、

日本の方針は変わっていない、あくまで4である」と言った。

 

ところが、

今年に入っての首脳会談(2019/1/22)についての

ニュースを見聞きすると、安倍首相の現状のスタンスは、

2島」の方向に、かなり重心を移しているようである。

となれば、日本とロシア、どっちもどっちだが、

―これは確度の高い推論ではある―

安倍首相がプーチン大統領に抗議した、ということも無かったようだし、

また、去る2/7の「北方領土の日」の全国大会での

大会アピール文でも、例年使ってきた

「北方四島が不法に占拠されている」との文言が消えたことからも、

(→消えた「不法占拠」の文言 北方領土の日:朝日新聞デジタル

本件については、昨年のプーチン氏の発言の方が

“真実味”に優る、と思えてしまう。

 

こういう「誤魔化し」「強弁」は、

国内政治でも、もちろん問題だが、

特に、外交という場面では、

極めて大きいリスクが生じることは間違いない。

(海外メディアは、日本のように“従順”ではない)

 

 

極めて大きいリスクと、書いたが、前回書いた

障害者の水増し雇用、また、統計不正についても全く同様の危険性が存在する。

政府の公表する数字が、信用できないとなれば、どうなるか。

 

株式市場は、賃金・雇用など、統計の数字によって左右される。

外国の機関投資家が、“日本政府の統計など、アテにならん”

(ついでに“企業コンプライアンスもだ!”と言うかもしれない)

とばかりに、日本株式から資金を引き揚げたらどうなるか。

 

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、

現在、約160兆円の公的年金を運用しているが、

50%を株式での運用に充てている。

株式市場が暴落すれば、いよいよ、

我が国の年金制度は、現実的崩壊を迎える。

 

極端なシナリオだが、これは予想可能な結末ではある。

 

 

成果の乏しい“アベノミクス”に比し、

“外交の安倍”と喧伝されたりするが、それはどうか。

IWC(国際捕鯨委員会)から我が国が脱退したことは、記憶に新しい。

これは明らかに「外交的失敗」、あるいは、

「情報発信力に欠陥あり」である。

 

もっとも、いまさら、

『資源としての鯨の生息数etc』の資料を公表したとしても、

世界中から、“日本の統計は信用できない”

と言われるのが、オチであるが。

 

 

冗舌に過ぎた。結論を急ぐ。

 

 

前回の「ご飯論法」と、本日取り上げた、

外交面における虚偽と欺瞞、つまり政府の「二枚舌」は、

全くの同根であると、私は考える。

更に、新たに浮上してきたのが、

官邸の東京新聞記者に対する「脅し」、

(→官邸記者会見の検証 | ハーバービジネスオンライン

これも加えねばならない。

 

 

安倍政権下における、言葉や数字をもてあそぶ欺瞞や、虚偽、

更にメディア・野党議員に対する恫喝は、

民主主義社会では、最も、存在が許されないものであることを、

私たちは、確認しなくてはならない。

 

されば、彼らが言うところの

“憲法改正云々”の方向性は、いかなるものであるか、

明明白白であることを知るべき。

 

つまり、「国民主権」「三権分立」という、

民主主義の最も基礎的な概念が、

今の日本社会で、果たして成立しているのだろうか、

ということを考えねば。

 

 

私見を申し上げる。

現状、行政府=内閣の力が、異常に大きくなっている。

結果、国会も司法も、その責務を十分に果たし得ていない。

第二次安倍内閣がもたらしたのは、

この「危機に瀕した民主主義」という事態である。

 

統一地方選、参院選を控えた2019年、

国民の判断は、重大である。

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2019年1月31日 (木)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(16)~破局の兆し。

年が明け、もう1月も終わろうとしています。

皆様、お元気でいらっしゃいますか。

 

年末・年始も、イヤなニュースばかり飛び込んできて、

私感では、“不快”の2文字に尽きる昨今…、そんな思いがずっと…

 

 

さて2019年、初回の記事ではあるが、

実に“ナサケナイ”思いのうちにアップする。

年末の、いや正確には11月の「流行語大賞」をめぐっての、

私のTwitterから転載。

~~~~~~~~~~~~~

「新語流行語大賞」は社会との係わりにおいて、その言葉の持つ面白さ・楽しさを味わうものである。だから「ご飯論法」が、流行語大賞の候補になった、などと マスコミ も、もてはやしている場合ではないのである。

 

「ご飯論法」は、安倍内閣が国民・野党を騙し、無視し、恫喝し続けてきたここ数年の悪事の結晶、或は窮余の一策として、悪知恵を結集して作り上げたものでしかない。

しかし、この「ご飯論法」、言うまでも無く言語としては極めて低劣な用法で、はからずも今の政治家・官僚の頭脳程度が幼児のそれと同じくらいに過ぎぬことを証明した。

 

小生が憂えるのは、「ご飯論法」なる詭弁を弄する政府に、のうのうとその存在を許している、という事実、そのことが我が国に及ぼす危害は計り知れない。特に学童・生徒・学生諸君らの若い人達には。また外国特派員に何と説明する。

 

不幸なことに、そのような流れは、もう既に出来上がっている。色々な新聞記事、インタビュー、また各企業の不祥事を思い出せば------

 

最近ではこれであろう、「恣意的だが、意図的ではなかったのだ」

障害者水増し雇用事件について、検証委員会が出した結論、元福岡高検検事長の弁。バカか。

 

「国家百年の大計」とよく言われるが、小生が申せば、「ご飯論法」は日本語、及びそれと生きるこの民族の、今後百年にわたり文化的進歩を妨碍するのではないか。それは-----

 

それはある意味において、「ご飯論法」は下記のことを顕現せしめたから、つまり政治・経済的な失政・無策、また数々の違憲立法よりも、安倍内閣の犯した罪は大きいのだと。

 

ふたたび。(三度目?)辻井喬氏が、憲法について綴られていた一文。「自分の国の 文化的伝統、それを表現するための言葉の美しさに誇りを持っていない人が武器を持つと、容易に外国の司令官に顎で使われてしまうに違いない」。

~~~~~~~~~~~~~

以上が一連のTweet

 

要するに、時の政治権力が、

国民を誤魔化すために使用している「ご飯論法」は、

「新語流行語大賞」という(広義の)文化的なイベントには、

絶対にふさわしくない、などということにとどまらず、

それは、非常に危険な兆候だということなのである。

 

 

ところで、上では「障害者水増し雇用事件」についての

検証委員会の結論を批判したが、

これと“瓜二つ”の事案が発生している。

1/22の毎日新聞から引用。

特別監察委「組織的な隠蔽なし」「課長級が決裁」 「毎月勤労統計」不正調査 - 毎日新聞

~~~~~~~~~~~~~(引用開始)

厚生労働省が公表する「毎月勤労統計」の不正調査問題で、同省特別監察委員会(樋口美雄委員長)は22日、関係職員らへの聞き取り調査などによる報告書を公表した。組織的な隠蔽(いんぺい)は認定できなかったとしたうえで、不正手法は課長級職員が決裁し、上司に相談せずに続けられていたのは不適切と指摘。調査方法の無断変更は統計法違反にあたるとしたが、罰則の対象となる故意性まではなかったとした。

監察委は一連の問題について「課長級を含む職員・元職員は事実を知りながら漫然と従前の取り扱いを踏襲した。部局長級職員も適切な把握を怠り、是正しなかった」と結論付けた。樋口委員長ら委員は22日に記者会見し、元名古屋高裁長官の荒井史男委員長代理は組織的な隠蔽について「ヒアリング、資料からは認定できなかった」と述べた。(後略)

(引用終了)~~~~~~~~~~(https://mainichi.jp/より)

Tweetで取り上げた、障害者水増し雇用事件での検証委員会の結論は、

「恣意的だが、意図的ではなかった」ということであった。

しかし、こんな滅茶苦茶な日本語は、政治というカテゴリーにおいては、

金輪際、成立しないのである。

 

では、「毎月勤労統計」の不正調査ではどうか。

 

赤字を施した部分を読めば、一目瞭然である。

「漫然と従前の取り扱いを踏襲し、部局長級職員も適切な把握を怠り、

是正しなかった」であるならば、

私は、「故意性」が十分に有り、「組織的な隠蔽」であると考える。

監察委員会が“そのような悪意は無かった”というが、

結局それは、厚労省がよほどのバカの集合体であることを証明しているし、

日本語(それも平易な)が出来ない監察委は、更に輪をかけた大バカである。

 

このように、

不当な結論を導き出すという目的だけの為に、

政治家・官僚が日本語をもて遊んでいては、

辻井喬氏が語ったように、

国そのものが崩壊に至る危険がある

 

 

すべての日本人は、そのことをよーく考える必要があります。

 

                                 (この稿、つづく)

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