2019年5月 5日 (日)

忘れようとして(32)~沖田総司と「燃えよ剣」<4>。

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                ↑

(沖田総司を題材にした作品はいっぱいあります。

小説・戯曲・TV・マンガ・エッセイ・イラストetc

上の写真は、大内美予子の小説「沖田総司」新人物往来社1972年刊)

 

 

(前回からのつづきです)

 

実は、山南敬助は「脱走」したのではなかった―

そんな異説があります。                

 

当時、新選組内部に権力抗争があった、というのは事実のようです。

そして、土方歳三は、山南を排除するために、

ある策略をめぐらした、というものです。

つまり…

 

総長の山南は「公用である」と、新選組屯所から外出していった、

そこで、彼と一番仲の良い沖田総司を呼びに行かせる、

帰ってきたところを、「脱走」の罪をデッチ上げて、山南を処刑した―

 

山南の「公用」については、

仕組まれた“罠”か、あるいは、実際にそうであったのか、

両方ともあり得ると思いますが、

この仮説なら、前回に挙げた、

この事件の矛盾点は解消されそうに思います…

 

 

ただ、如何せん、真実のほどは、不明です。

 

 

司馬遼太郎の「燃えよ剣」では、通説どおり、

「脱走」説に基づき、描かれていますが、

山南と沖田との会話は、驚くほど簡潔なものです。

 

また、沖田総司を扱った小説は数多く存在する中で、

手元にある大内美予子の小説「沖田総司」を開きますと、

(お察しのとおり、総司ファンには、女性が多いのです)

こちらも「脱走」説ではありますが、

司馬作品と比べ、非常に長い二人の会話が続いていきます。

 

ただ、沖田の発する言葉に共通点が見られるのですね。

 

「燃えよ剣」では、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「山南先生が、どうしても江戸に帰りたいとおっしゃるなら、

刀をお抜きください。私はここで斬られます」

~~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(上)『憎まれ歳三』より

 

次に、大内の描く沖田。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「私は、ここで死んでもいいのです。

だが、山南さんにはどこかで生きていてほしいのです」

~~~~~~~~~~~~~大内美予子「沖田総司」『山南敬助』より

 

沖田総司は、自分が病気(=結核)であることから、

そう長い命ではない、ということを自覚していた―

だからこそ、山南に対して上のような言葉を言わせしめたのですね…

 

山南の無念の想い、またそれが解り過ぎるほど解っている沖田…

胸がしめつけられるような辛い場面ではあります。

 

司馬遼太郎は山南の切腹の場面に続けて、彼の“愛人”であった

明里(【あけさと】、又は【あきさと】)との別れについても書いています。

この経緯は、子母澤寛の「新選組物語」の『隊士絶命記』に

微に入り細にわたる記述があるのですが、

現在、この山南と明里のエピソードは、

子母澤寛の創作ではないか、という説が有力だそうです。

その理由としては、

 

1.山南は、「岩城升屋事件」の斬り合いの際にケガをしていたから、

 遊郭へ通える時間などなかったのではないか

2.当時の京都島原の遊郭の名簿を見ても、

 太夫→天神→芸妓(これは、遊女の“ランク”。左方が上位)

のいずれにも 「明里」の名前は無い

3.子母澤の著わした『隊士絶命記』に登場しているのが、永倉新八

彼は山南から明里宛ての手紙を預かったとあるが、

彼の書き残した書物(彼は維新後も生き延びた)には、

このことは一切触れられていない           等々。

 

忘れようとして(29において、

「子母澤寛の書いた『新選組三部作』は、

内容的には、主に“聞き書き”といった手法で構成されています」

と、私は書きましたように、

子母澤のフィクションの部分もあったりするそうです。

 

これは司馬遼太郎の「燃えよ剣」も同様で、

いかにも史実のような文章でありながら、

創作(或は勘違いか)とおぼしき箇所も混じっている、とのことですので、

歴史の専門家でもない小生には、誠にタイヘン(苦笑)。  (つづく)

                                                              (文中敬称略)

 

*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版、

大内美予子「沖田総司」は、新人物往来社刊からそれぞれ引用しました。

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2019年4月23日 (火)

忘れようとして(31)~沖田総司と「燃えよ剣」<3>。

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(前回からのつづきです)

 

沖田総司が没したのは、25歳あるいは、26歳ともいわれています。

これは、彼の生年が確定していないからです。

前回ご紹介した子母澤寛の『新選組三部作』を開いても、

「新選組物語」は“25歳説”ですが、

「新選組遺聞」では“26歳説”になっている、という状態。

 

ついでに言いますと、沖田の亡くなった場所も、

「新選組始末記」では“松本良順(将軍に仕えていた医師)の私邸”とあり、

「新選組遺聞」では“植木屋の平五郎(旗本の出入り業者)宅”と、

二通りの記述がありますから、当時からハッキリしていなかったのですね。

(明治政府に見つかると直ちに処刑されますから、身を隠さざるを得なかった)

 

いずれにせよ、沖田総司が近藤・土方に従って、

京都に上り、新選組隊士となったのが20-21歳の頃ですから、

実に短い生涯ではありました。

一番隊組長として、最前線で剣を振るっていたのが、約4年間。

この間、新選組が関係した殺戮の場面で、

彼の名前は、非常に頻繁に登場しております。

 

ところが、これも「ふしぎな若者」と言われる所以のひとつですが、

沖田に対しては、なぜか、近藤勇土方歳三と比較して、

官軍側からの非難・悪口が少ないことを、特筆しておきます。

 

 

先に「新選組が関係した殺戮の場面」と私は書きました。

沖田総司との関わりと言う点から、私が真っ先に思い出すのは、

“池田屋事件”よりも、むしろ“山南敬助脱走事件“です。

 

前々回に、

「今回の映画化では芹沢鴨伊藤英明が演じる」と書きましたが、

“悪役”のイメージが色濃い芹沢を演じるよりは、

私としては、伊藤英明には、

新選組総長:山南敬助の役のほうがふさわしい、と思いました。

そして、「芹沢暗殺事件」を脚本に組み入れるよりも、

奥深い人間心理が交錯する、

「山南『脱走』事件」を描くほうに、よほど興味があります。

 

 

山南敬助も、土方歳三、沖田総司らと同じく、新選組創立以来の仲間。

仙台藩を脱藩してきたといわれ、

“腕っぷし”のみが優先された隊士の中では、

珍しく文武両道に秀でた人物でありました。

しかし、隊内の内部抗争の中、

「脱走」の罪により、切腹を命ぜられてしまいます。

このとき、山南を介錯(首を斬り落とす役目)したのが、

ほかならぬ沖田総司でした。

沖田自身は、近藤・土方に対するのと同じくらいに、山南を慕っていたそうなのですが―

 

 

この事件、どうも“腑に落ちない”点があります。

 

 

1.「脱走」した山南を捕えるために差し向けた隊士が沖田ひとりだった

2.山南は何ら抵抗せずに、沖田と一緒に帰ってきている

 

 

<1>については、ひょっとしたら、

土方も山南を逃がす意図があったのでは、という見方も可能です。

追跡者が一人だけ、というのはいかにも不自然。

<2>に関しては、山南も北辰一刀流の使い手、

刀を抜いて斬り結ぶことになれば、

相手は天才剣士:沖田であっても、斃せる見込みは皆無ではないはず。

一体、二人の間にどんなやりとりが交わされたのでしょうか…

 

 

実は、山南敬助は「脱走」したのではなかった―

そんな異説は次回に。                  (つづく)

 

                                     (文中敬称略)

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2019年4月18日 (木)

忘れようとして(30)~沖田総司と「燃えよ剣」<2>。

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(前回からのつづきです)

 

さて、司馬遼太郎の「燃えよ剣」です。 

 

彼はこの小説、及び「新選組血風録」に登場する沖田総司を、

前回ご紹介した、

森 満喜子が挙げた「3条件」を踏まえつつ、描いています。

以下に再掲しますね。

 

  1. 天才的な剣の使い手であったこと
  2. 不治の病(結核)に侵されていたこと
  3. にもかかわらず、非常に明るい性格であったこと

 

 これらを“司馬遼太郎流”に統括すると、

ふしぎな若者」ということになるのでしょう。

テーマの「燃えよ剣」ではないのですが、氏の別の小説から引用します。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いま一ついえるこの若者のふしぎさは、剣術練磨者にありがちな

偏執者的性格をいささかももっていないことだった。

「総司は生れたままのような男だ」

と、副長土方歳三がよくいった。

~~~~~~~~~司馬遼太郎「新選組血風録」『菊一文字』より

 

 

その泣く子も黙る副長:土方歳三ですが、「燃えよ剣」においては、

沖田総司にだけは、“好き放題”に言われているのです。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「新選組も、同じですな」

沖田はくっくっ笑って、

「土方さんなど、狂人の親玉だ」

「なにを云やがる」

こわい顔をしてみせた。

が、沖田は、新選組の隊中で鬼神のように怖れられている

この歳三が、ちっともこわくない。

~~~~~~~~~~~司馬遼太郎「燃えよ剣」(上)『池田屋』より

 

 

この屈託のなさと、剣を手にした時の強さとの“落差”に

惹きつけられますね。

当世流行中の“ギャップ萌え”の原点はここにあります(笑)。

 

 

この「ふしぎな若者」という雰囲気を、

役の上で表現し切るのは、なかなか困難なことでしょうが、

私の中の沖田総司”といえば、

やはり島田順司なのですね…。

 

前回のブログに記しましたように、彼は、

1965年の「新選組血風録」、

1970年の「燃えよ剣」に沖田役で出演していました。

加えて、オールド・ファンならば、“もう1本の映画”の存在を

ご存知のはず。

 

1967年4月から9月まで26回にわたり放送された、

「俺は用心棒」です。

頃は幕末、栗塚旭が主役の素浪人を演じ、

島田順司が、沖田総司に扮しましたが、彼はあくまで“脇役”でした。

つまりWikipediaを見ますと、出演回は、全体の半分くらいにとどまります。

このTVも好んで見ていましたが、島田順司の現れるシーンには、

いつも、“総司のテーマ”といった感じの爽やかな音楽が

流れていた記憶があります。

 

ともあれ、島田順司は、TV映画の3作品、

通算すれば、1年半(!)にわたり沖田総司役を務め上げたことになるので、

私のように「沖田総司=島田順司」といったイメージをお持ちの方は、

多いのではないでしょうか。

 

 

そんな私の“映像の沖田総司“の思い出としては、

島田順司が、ニコニコと笑いながら、

お寺の石段(階段?)に腰を掛け、

邪魔になる刀は、帯から抜いて、

肩にもたれさせるように、立てかけています。

そうして、子供たちが遊んでいるのを眺めている…

着物は紺の「かすり」だが、あの派手な新選組の羽織は着ていない…

 

 

以上のような感じかな(笑)。

 

 

子供は好きだった、ということも間違いのないところです。

現実に沖田総司と遊んだことのある、古老の言葉が残っていますね。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この沖田が近所の子守や、私たちのような子供を相手に、

往来で鬼ごっこをやったり、壬生寺の境内を駆け廻ったりして遊びましたが、

そんなところへ井上源三郎(筆者注:六番隊組長)というのがやって来ると、

「井上さんまた稽古ですか」

という。井上は、

「そう知っているなら黙っていてもやって来たらよかりそうなもんだ」

と、いやな顔をしたものです。

~~~~~~~子母澤寛「新選組遺聞」八木為三郎老人壬生ばなしより

 

 

確かに、“立ち回り”のシーンの記憶はあまり残っていないのです。

そういえば森 満喜子も、

「島田順司は、沖田総司役をほぼ完璧に演じているが、

“剣の天才”という点だけはどうか」

といったニュアンスのことを言ってらしたような…。(ウロ覚えなので)

 

但し、このことには、俳優個々の技量もさることながら、

沖田総司の殺陣の場面に関しては、独自の工夫を加える、

ということも必要なのでしょう。

 

 

「沖田総司のキャスティングは難し過ぎる」

と、私は書きましたが、その“ポイント”は、

ふしぎな若者

というキーワードに秘められているように思えます。 (つづく)

 

                                                                  (文中敬称略)

 

*子母澤寛「新選組遺聞」は、中公文庫版から、

*司馬遼太郎「燃えよ剣」は、新潮文庫版、

「新選組血風録」は角川文庫版から、それぞれ引用しました。

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2019年4月 6日 (土)

忘れようとして(29)~沖田総司と「燃えよ剣」。

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(前回からのつづきです)

2020年公開予定の司馬遼太郎原作の「燃えよ剣」ですが、

監督・脚本は、原田眞人。

発表された配役は、このブログを書いている時点で5人です。

 

 

岡田准一が、主役の土方歳三を演じることは前回書きました。

発表されている他の4名は、

局長:近藤勇には、鈴木亮平、

一番隊隊長:沖田総司を、山田涼介

新選組初代局長:芹沢鴨を、伊藤英明、

そして、

お雪(司馬遼太郎の創作人物)には、柴咲コウ、

それぞれが扮します。

 

私が「お!」と感じたのは、岡田准一、鈴木亮平、柴咲コウといった

“絶妙”な配役を見て、制作者側の「本気度」を確信したのです。

ただ、芹沢鴨を伊藤英明が演じることについては、

“あ、そこか…”と思いました。

 

新選組を扱った場合、ほとんど「芹沢鴨暗殺」のエピソードが

挿入されるのですが、そこの部分に貴重なフィルムの“尺”、

つまり(上映の)時間をいくばくか費やしてしまうことになります。

私なら“芹沢鴨抜き”でのドラマ進行を考えたいのですが…。

1970年の2クールにわたるTV映画のように、

時間に余裕があれば別ですが)

 

さて、沖田総司に扮する山田涼介については、

私、何も知らないのです(苦笑)。

いわゆる“ジャニーズつながり”での配役でしょうか…。

“まあ、誰でもいいよね”というのが、私の第一感でした。

これは、「批判」でもなんでもありません。

つまり、「沖田総司のキャスティングは難し過ぎる!」

というのが、正直な私の想いなのです。

 

 

“沖田総司を演じるための3条件”というのを

お聞きになったことがありますでしょうか。

これは、沖田を主題にして多くの小説を著した、

医師で作家の森 満喜子が挙げていました。

 

  1. 天才的な剣の使い手であったこと
  2. 不治の病(結核)に侵されていたこと
  3. にもかかわらず、非常に明るい性格であったこと

 

上記の3つの要素が、“沖田役”にとっては必須、であると。

 

この「3条件」は、

子母澤寛の書いた『新選組三部作』にその原型が存在します。

彼がその著作を発表したのは19291931年で、

その頃は、まだ明治維新を生きてきた人々が存命中でしたから、

内容的には、主に“聞き書き”といった手法で構成されています。

 

では、沖田総司についての記述を、

その『新選組三部作』から、ちょっと読んでみましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

丈の高い痩せた人物、肩がぐっと上がり気味に張って、

頬骨が高く、口が大きく、色は黒かったけれども、何処かこう、

いうに云われぬ愛嬌があった。

~~~~~~~~~~~~~~~子母澤寛「新選組遺聞」より

多くの人々が抱いている“イケメン”という雰囲気ではなさそうです。

 

同じ本から子母澤寛の“聞き書き情報”をもうひとつ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

江戸へ戻る富士山艦の中でも寝たきりであったが、他の病人達と

相変わらず戯談口を利いて、笑ってばかりいた。

「笑うと後で咳が出るので閉口するな」

といったのを近藤が聞いて、

「あんなに死に対して悟りきった奴も珍しい」

と、後で、牛込廿騎町の自宅で妻のつね女へ話したことがある。

~~~~~~~~~~~~~~~子母澤寛「新選組遺聞」より

こういったところが、沖田に対する“イメージ”の

「原点」を構成しているのでしょうね。

 

さて、沖田総司の剣技についてです。

これについては、沖田家に、

「総司が12歳のとき、藩の指南役と試合をして、勝利した」

という古文書が現存しています。

“そんなの、作り話じゃない?”って、思いますよね(笑)。

でも、強かったのは、紛れもなく真実でした。

 

新選組創立以来の同志で、二番隊組長を任ぜられた、

(ちなみに沖田総司は、一番隊組長)

永倉新八の残した言によりますと、

「土方歳三、井上源三郎、藤堂平助、山南敬助などが

竹刀を持っては子供扱いされた。

恐らく本気で立ち合ったら師匠の近藤もやられるだろうと

皆が言っていた」

と語っていることからも証明できます。

 

 

さて、司馬遼太郎の「燃えよ剣」です。    (つづく)

 (文中敬称略)

 

*子母澤寛「新選組遺聞」は、中公文庫版から引用しました。

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2019年3月21日 (木)

司馬遼太郎原作の「燃えよ剣」が映画化されます。

燃えよ剣」が2020年公開を目指して、

製作されることが発表されました。

映画化は54年ぶり、とのことです。

私が、新選組副長の土方歳三の生涯を描いた、

この小説を知ったのは、TV映画からでした。

Wikipediaで調べてみますと、そのTVの放送時期は、

197041 - 923日」とあります。

“第1次オイルショック”の頃ですね。

ちなみに、以前に映画化されたのは1966年といいますから、

いずれにせよ、古いハナシではあります(笑)。

TVの放映回数は、全26回だったということですが、

このように、当時は2クールにわたるドラマが普通だったように思います。

阪神淡路大震災により、持っていた書物の多くを失いましたが、

幸運にも「燃えよ剣」の文庫本は、今も手元に残っています。

私の習慣で、購入年月日と書店名を書いていますので、

あらためて見てみますと、「1973910日 ○○書店」。

ということは、購入したのは、放送を見てから3年後。

その本屋さんは家の近くにあり、実によく通ったものですが、

震災で、商店街自体が無くなったと思います(現地に行ってないので)。

その本の写真もアップしようと思ったのですが、

3/19より、「ココログ」のフォームが全面改訂になり、

私のような、小学生以下のIT知識では、写真の表示が、

どうやってもうまくいかないので、アキラメました(苦笑)。

新潮文庫です。(←リンクを貼りました)

「カバー:池田浩彰」とあり、このデザイン、なかなかいいのですね。

映画のタイトル文字にも使えそうです(笑)。

先日、外出した際、現在の本も、手にとってみました。

配色は異なりますが、同じ意匠で、

(タイトル・著者名の配置とサイズ・色は若干異なります)

「映画化決定」の文字が躍る“腰巻”(=帯)が付いていました。

いずれ、主演の岡田准一の写真も印刷されることでしょう。

あと“こぼれ話”ですが―

不世出の左腕投手、江夏 豊(阪神-南海-広島-日本ハム-西武)は、

36歳にして、メジャーリーグに挑戦のため、渡米しますが、

そのとき、彼の荷物の中には、愛読書の

この「燃えよ剣」を入れていたと聞いています。

きっと幾度となくこの本を開いては、

ご自分の闘志を奮い立たせたことでしょう。

2020年の映画では、主演:岡田准一」と記しました。

そのとおり、彼が土方歳三を演じます。

私は、適役である、と大いに期待しています。


1970年のTV映画ではどうだったでしょうか。

土方歳三を、栗塚旭(あさひ)、

局長の近藤勇に舟橋元(げん)、

一番隊隊長の沖田総司を島田順司(じゅんし)がそれぞれ扮していました。

この3人、これまた見事なくらいにハマっていましたね~。

(と書いても、若い方は、ご存知ない俳優ばかりでしょうなー)

それも道理、この“トリオ”、1965年のTV映画

「新選組血風録」(これも全26回)(同じく司馬遼太郎原作)でも、

まったく同じ配役で出演しているのです。


「新選組血風録」については、殆ど記憶が無いのですが、

(これは、モノクロ作品でしたね)

「燃えよ剣」のTVは、毎週見ていたと思います。

この“トリオ”によるTV映画2作品のヒットにより、

「新選組ブーム」も決定的なものとなりました。


ただ、“ブーム”はいいのですが、

「土方歳三」=「栗塚旭」というイメージがあまりにも

強くなり過ぎた、という面も否定できません。

ですから、その後の俳優活動の上で、

栗塚旭ご本人も、ずいぶんとご苦労されたこともあっただろうと推察。


当然、岡田准一も、今回の映画化にあたって、

栗塚旭のTV映画のことは、知らされているはずです。

だからこそ彼が、また新しい魅力に溢れた土方歳三を、

創り出してくれるに違いない、と考えています。

土方歳三は、1869年(明治2年)511日、

北海道は函館の五稜郭の戦いで、戦死しました。

享年34歳。

今年は彼の死後、ちょうど150年にあたりますね。


そんな想いとか、この新作映画へ寄せる期待とかも含めつつ、

「燃えよ剣」について、ちょっと記してみるつもり。  (つづく)

                                                         (文中敬称略)

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2019年2月12日 (火)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(17)~政治の危機。

(前回からのつづきです)

 

昨年末、「新語流行語大賞」が話題となっていたのと、

ほぼ同時期、やはり、安倍内閣による、

外交面での“誤魔化し”が表面化した。

忘れている方も多くいらっしゃるかもしれないが

私は、かなりの“大事件”と判断している。

 

2018/11/13の安倍首相と、ペンス米副大統領との日米通商交渉。

ペンス氏の発言を、「FTA」と訳したNHKニュースは、

(官邸の命令であろう)直ちに訂正させられた。

日本政府の“言い分”は

FTA(自由貿易協定)ではなく、TAG(物品協定)なのだ」と。

 

しかし、ペンス氏は、来日前夜の自分のTwitterで、

「これから日米間のFree Trade Agreement交渉が始まる」と

100%完全に、明記しているのである。

 

ちなみに、外国メディアは、

―当然のことだが、官邸の意向は受けない―

より、現実の事象に即した報道を行おうとしている。

「より」と記したのは、日本のマスコミと比べて、という意である。

 

 

このとき、AFP通信は、「FTA交渉で日米合意」と報じた。

 

 

私が、“大事件”と申し上げたのは、

以下の3つの事由による。

 

1.政府が国民を騙している

2.政府がメディアに圧力をかけた

3.メディア(NHK)がそれに屈した

 

次に、やはり昨年11月の頃になるが、

日ロ平和条約交渉において、

プーチン大統領は、自国メディアの前で、

「先に安倍首相の方から提案してきた2島先行返還で合意した」

と語ったというもの。

当時、これを伝え聞いた安倍首相は、

日本の方針は変わっていない、あくまで4である」と言った。

 

ところが、

今年に入っての首脳会談(2019/1/22)についての

ニュースを見聞きすると、安倍首相の現状のスタンスは、

2島」の方向に、かなり重心を移しているようである。

となれば、日本とロシア、どっちもどっちだが、

―これは確度の高い推論ではある―

安倍首相がプーチン大統領に抗議した、ということも無かったようだし、

また、去る2/7の「北方領土の日」の全国大会での

大会アピール文でも、例年使ってきた

「北方四島が不法に占拠されている」との文言が消えたことからも、

(→消えた「不法占拠」の文言 北方領土の日:朝日新聞デジタル

本件については、昨年のプーチン氏の発言の方が

“真実味”に優る、と思えてしまう。

 

こういう「誤魔化し」「強弁」は、

国内政治でも、もちろん問題だが、

特に、外交という場面では、

極めて大きいリスクが生じることは間違いない。

(海外メディアは、日本のように“従順”ではない)

 

 

極めて大きいリスクと、書いたが、前回書いた

障害者の水増し雇用、また、統計不正についても全く同様の危険性が存在する。

政府の公表する数字が、信用できないとなれば、どうなるか。

 

株式市場は、賃金・雇用など、統計の数字によって左右される。

外国の機関投資家が、“日本政府の統計など、アテにならん”

(ついでに“企業コンプライアンスもだ!”と言うかもしれない)

とばかりに、日本株式から資金を引き揚げたらどうなるか。

 

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、

現在、約160兆円の公的年金を運用しているが、

50%を株式での運用に充てている。

株式市場が暴落すれば、いよいよ、

我が国の年金制度は、現実的崩壊を迎える。

 

極端なシナリオだが、これは予想可能な結末ではある。

 

 

成果の乏しい“アベノミクス”に比し、

“外交の安倍”と喧伝されたりするが、それはどうか。

IWC(国際捕鯨委員会)から我が国が脱退したことは、記憶に新しい。

これは明らかに「外交的失敗」、あるいは、

「情報発信力に欠陥あり」である。

 

もっとも、いまさら、

『資源としての鯨の生息数etc』の資料を公表したとしても、

世界中から、“日本の統計は信用できない”

と言われるのが、オチであるが。

 

 

冗舌に過ぎた。結論を急ぐ。

 

 

前回の「ご飯論法」と、本日取り上げた、

外交面における虚偽と欺瞞、つまり政府の「二枚舌」は、

全くの同根であると、私は考える。

更に、新たに浮上してきたのが、

官邸の東京新聞記者に対する「脅し」、

(→官邸記者会見の検証 | ハーバービジネスオンライン

これも加えねばならない。

 

 

安倍政権下における、言葉や数字をもてあそぶ欺瞞や、虚偽、

更にメディア・野党議員に対する恫喝は、

民主主義社会では、最も、存在が許されないものであることを、

私たちは、確認しなくてはならない。

 

されば、彼らが言うところの

“憲法改正云々”の方向性は、いかなるものであるか、

明明白白であることを知るべき。

 

つまり、「国民主権」「三権分立」という、

民主主義の最も基礎的な概念が、

今の日本社会で、果たして成立しているのだろうか、

ということを考えねば。

 

 

私見を申し上げる。

現状、行政府=内閣の力が、異常に大きくなっている。

結果、国会も司法も、その責務を十分に果たし得ていない。

第二次安倍内閣がもたらしたのは、

この「危機に瀕した民主主義」という事態である。

 

統一地方選、参院選を控えた2019年、

国民の判断は、重大である。

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2019年1月31日 (木)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(16)~破局の兆し。

年が明け、もう1月も終わろうとしています。

皆様、お元気でいらっしゃいますか。

 

年末・年始も、イヤなニュースばかり飛び込んできて、

私感では、“不快”の2文字に尽きる昨今…、そんな思いがずっと…

 

 

さて2019年、初回の記事ではあるが、

実に“ナサケナイ”思いのうちにアップする。

年末の、いや正確には11月の「流行語大賞」をめぐっての、

私のTwitterから転載。

~~~~~~~~~~~~~

「新語流行語大賞」は社会との係わりにおいて、その言葉の持つ面白さ・楽しさを味わうものである。だから「ご飯論法」が、流行語大賞の候補になった、などと マスコミ も、もてはやしている場合ではないのである。

 

「ご飯論法」は、安倍内閣が国民・野党を騙し、無視し、恫喝し続けてきたここ数年の悪事の結晶、或は窮余の一策として、悪知恵を結集して作り上げたものでしかない。

しかし、この「ご飯論法」、言うまでも無く言語としては極めて低劣な用法で、はからずも今の政治家・官僚の頭脳程度が幼児のそれと同じくらいに過ぎぬことを証明した。

 

小生が憂えるのは、「ご飯論法」なる詭弁を弄する政府に、のうのうとその存在を許している、という事実、そのことが我が国に及ぼす危害は計り知れない。特に学童・生徒・学生諸君らの若い人達には。また外国特派員に何と説明する。

 

不幸なことに、そのような流れは、もう既に出来上がっている。色々な新聞記事、インタビュー、また各企業の不祥事を思い出せば------

 

最近ではこれであろう、「恣意的だが、意図的ではなかったのだ」

障害者水増し雇用事件について、検証委員会が出した結論、元福岡高検検事長の弁。バカか。

 

「国家百年の大計」とよく言われるが、小生が申せば、「ご飯論法」は日本語、及びそれと生きるこの民族の、今後百年にわたり文化的進歩を妨碍するのではないか。それは-----

 

それはある意味において、「ご飯論法」は下記のことを顕現せしめたから、つまり政治・経済的な失政・無策、また数々の違憲立法よりも、安倍内閣の犯した罪は大きいのだと。

 

ふたたび。(三度目?)辻井喬氏が、憲法について綴られていた一文。「自分の国の 文化的伝統、それを表現するための言葉の美しさに誇りを持っていない人が武器を持つと、容易に外国の司令官に顎で使われてしまうに違いない」。

~~~~~~~~~~~~~

以上が一連のTweet

 

要するに、時の政治権力が、

国民を誤魔化すために使用している「ご飯論法」は、

「新語流行語大賞」という(広義の)文化的なイベントには、

絶対にふさわしくない、などということにとどまらず、

それは、非常に危険な兆候だということなのである。

 

 

ところで、上では「障害者水増し雇用事件」についての

検証委員会の結論を批判したが、

これと“瓜二つ”の事案が発生している。

1/22の毎日新聞から引用。

特別監察委「組織的な隠蔽なし」「課長級が決裁」 「毎月勤労統計」不正調査 - 毎日新聞

~~~~~~~~~~~~~(引用開始)

厚生労働省が公表する「毎月勤労統計」の不正調査問題で、同省特別監察委員会(樋口美雄委員長)は22日、関係職員らへの聞き取り調査などによる報告書を公表した。組織的な隠蔽(いんぺい)は認定できなかったとしたうえで、不正手法は課長級職員が決裁し、上司に相談せずに続けられていたのは不適切と指摘。調査方法の無断変更は統計法違反にあたるとしたが、罰則の対象となる故意性まではなかったとした。

監察委は一連の問題について「課長級を含む職員・元職員は事実を知りながら漫然と従前の取り扱いを踏襲した。部局長級職員も適切な把握を怠り、是正しなかった」と結論付けた。樋口委員長ら委員は22日に記者会見し、元名古屋高裁長官の荒井史男委員長代理は組織的な隠蔽について「ヒアリング、資料からは認定できなかった」と述べた。(後略)

(引用終了)~~~~~~~~~~(https://mainichi.jp/より)

Tweetで取り上げた、障害者水増し雇用事件での検証委員会の結論は、

「恣意的だが、意図的ではなかった」ということであった。

しかし、こんな滅茶苦茶な日本語は、政治というカテゴリーにおいては、

金輪際、成立しないのである。

 

では、「毎月勤労統計」の不正調査ではどうか。

 

赤字を施した部分を読めば、一目瞭然である。

「漫然と従前の取り扱いを踏襲し、部局長級職員も適切な把握を怠り、

是正しなかった」であるならば、

私は、「故意性」が十分に有り、「組織的な隠蔽」であると考える。

監察委員会が“そのような悪意は無かった”というが、

結局それは、厚労省がよほどのバカの集合体であることを証明しているし、

日本語(それも平易な)が出来ない監察委は、更に輪をかけた大バカである。

 

このように、

不当な結論を導き出すという目的だけの為に、

政治家・官僚が日本語をもて遊んでいては、

辻井喬氏が語ったように、

国そのものが崩壊に至る危険がある

 

 

すべての日本人は、そのことをよーく考える必要があります。

 

                                 (この稿、つづく)

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2018年11月30日 (金)

平成カラオケベスト10!

クリスマスツリーを、あちこちで見かける季節がやってきました。

何かと気ぜわしいことも事実ですが、

それとは別の“ウキウキ感”は、

いくつの歳になっても変わらないものがあります。

 

そんな中、朝日新聞デジタル(2018/11/28 15:51配信)で、

こんな記事を見つけました。

 

(引用開始)~~~~~~~~~~~~~~~~~~

平成の間にカラオケで最も多く歌われた楽曲は――。平成最後の年末を前に、カラオケ機器大手の第一興商が自社データを集計し、楽曲・歌手別のランキングを発表した。

同社が通信カラオケ「DAM(ダム)」のサービスを始めた1994(平成6)年4月から今年10月までのデータを集めた。

~~~~~~~~(引用終了)(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュースより

 

 

これ、ちょっと気になりませんか?

以下がその結果発表です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

■楽曲別ランキング

1 ハナミズキ         一青窈

2 小さな恋のうた      MONGOL800

3 残酷な天使のテーゼ  高橋洋子

4 天城越え         石川さゆり

5 チェリー          スピッツ

6 世界に一つだけの花  SMAP

7 Story           AI

8 キセキ           GReeeeN

9 I LOVE YOU     尾崎豊

10 涙そうそう        夏川りみ

 

■歌手別ランキング

1 浜崎あゆみ

2 EXILE

3 Mr.Children

4 GLAY

5 サザンオールスターズ

6 倖田來未

7 北島三郎

8 美空ひばり

9 B’z

10 五木ひろし

 

※ともに第一興商調べ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

一青窈さんの「ハナミズキ」が1位とは意外でした。

私の1位予想を申し上げますと、石川さゆりさんの「天城越え」。

というか、これくらいしか、思いつかなかった(苦笑)。

 

私も「ハナミズキ」は名曲だと思っていますし、大好きな曲です。

「意外」と書きましたが、“当然でしょ”とおっしゃる方も多いことでしょう。

ときに、2.7.の「小さな恋のうた」「Story」は、

恥ずかしながら知らないのです(また苦笑)。

 

天城越え」「残酷な天使のテーゼ「I LOVE YOU

を選曲出来る方は、よほど、ご自分の歌唱力に

自信をお持ちの方でしょうなあ…。

これ、皮肉ではなく、純粋な個人的羨望(またまた苦笑)。

 

でも、AKBグループはともかく、

安室奈美恵さんが楽曲・歌手両部門共にランクインしていないのは

なぜでしょうか。

これこそ、“意外中の意外”です。

ちなみに安室奈美恵さんの曲で、私のイチおしは、

太陽のSEASON」「TRY ME~私を信じて」「Body Feels EXIT

a walk in the park」…コレ、どれも古いですネ…。

最近では、やはり「Hero」が印象に残っています。

五輪タイアップ曲ですが、そうでなくても、ヒットしていたことでしょう。

 

彼女が引退された9月頃だったでしょうか、

“お気に入りの『アムロちゃんナンバー』のリクエスト大会”

といった企画が、TV・ラジオであったように思います。

 

私のこの歌は、ランクインしていたかな…どうだったかな?

実は、安室奈美恵さんの曲でのイチおしは、

SOMETHING 'BOUT THE KISS」。

CDGENIUS 2000』に収録されていました。

個人的な好みとして、小室哲哉氏が作られた曲は、

あまり好きではないのですが(ファンの方、スミマセン)

アルバムの中でも、この曲、ちょっと“異質”に思えました。

調べたところ、この歌は、洋楽のカバーなんですね。

“小室氏の曲じゃなかったんだ”ということが判り、納得したことを

覚えています。

 

一応、PVURL貼っておきましょうか。この曲です。

Namie Amuro :: SOMETHING 'BOUT THE KISS (PV)

 

リリースは、彼女がまだ223才の頃でした。

ですから、“わたし、こんな歌も歌えるのよ”っていった

自信にも満ちているようで、

ありふれたフレーズになりますが

いかにも、“カッコいい”のです。

ところで、このPVを、今見ますと、

私的には、若干の違和感があります。

でも、それも「時代」のせいかもしれませんね。

 

 

とまあ、小生のくだらぬ感想は別にして、

これから皆様が、忘年会等で歌われる機会があれば、

選曲のご参考の一助に、ということで。

 

あ、これも余計なお世話でした(爆)。     (おしまい)

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2018年10月24日 (水)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(15)~メディアと政府。

(前回からのつづきです)

 

§小川アナ、「報ステ」卒業にウラ側?

TV朝日の小川彩佳アナウンサーが、約7年務められた

「報道ステーション」を「卒業」される、というニュースでした。

 

なぜ、そこに至ったか、

週刊誌ネタとは異なる原因がある、と言われています。

引用文(紫色と赤字の部分)は「LITERA」(https//lite-racom)から。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(前半略)

周知のように小川アナは、東日本大震災の直後、古舘伊知郎がキャスターを務めていた20114月から出演しているが、単なる「添え物」的存在ではなかった。社会問題への強い関心とジャーナリスティックな視点をもち、取材にも積極的に出かけ、要所要所では的確なコメントを発していた。政権に不正や問題が起きると、臆することなく厳しい発言もしていた。

 

 たとえば、昨年2017年の総選挙前に安倍首相が『報ステ』に出演したとき。自分勝手な話を延々垂れ流す安倍首相に、富川アナ、後藤謙次がせめあぐねるなか、小川アナは「先日の国連での総理の演説を聞いていましても、対話ではなく圧力ですとか、トランプ大統領と歩調も口調もひとつにするような言葉が相次ぎました。逆に危機を煽ってしまうのではないか、危機を招いてしまうのではないかという不安を覚える方も多いと思いますが」と突っ込み、安倍首相を憮然とさせた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

こんな“事件”があったとは知りませんでした。

安部首相の憮然とした顔を見たかったものです。

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 また、印象的だったのは、核兵器禁止条約をめぐる取材だ。ICANがノーベル賞を受賞した際には、オスロに赴き、授賞式で感動的なスピーチを披露した被爆者のサーロー節子氏に単独インタビュー。今年1月、来日したICANのメンバーに対して安倍首相が面会を拒否したときも、小川アナはベアトリス・フィン事務局長にインタビューを行い、こうした取材やレポートを通して、核兵器禁止条約に反対する安倍政権の姿勢を厳しく批判した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

なるほど、彼女は行動力をお持ちなのですね。

MBSアナウンサーの水野晶子氏がおっしゃっていた、

「報道は、“地べた”を這って!」(←合ってたかな?)

と通じるところがあるようです。

cf希望はあなたを捨てません,

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ほかにも、今年4月に発覚したテレ朝女性記者のセクハラ被害問題や、2016年のやまゆり園の障害者大量殺害事件でも、存在感を発揮し、一貫して弱者の立場に立った解説や取材を行っていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

以下は、TV朝日公式ブログと、インタビューからの証言。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 こうしたスタンスはスタッフの指示やそのときの空気に流されたものではない。小川アナは、昨年2月、テレビ朝日の公式ブログで、メディアの使命についてこう綴っていた。

 

メディアが期待されていること…というのを私が語るのはとてもおこがましいのですが、ニュースを伝える、ということだけでなく、権力を監視する、埋れている事実を浮き彫りにする、そして時に、声をなかなかあげることができない人の立場に立ち、寄り添う、ということでもあるんじゃないかな、と個人的には思っています。〉

 

 また今年2月には、朝日新聞デジタルのインタビューでキャスターとしての姿勢について、こんなことも語っていた。

 

「原発問題の報道のときは非難もたくさんありました。しかし、古舘さんはぶれずにこだわり続けられた。言葉以外にも、表情で訴えていました。私は古舘さんの姿勢から、強い気持ちがあれば、言外に滲むものが必ずあり、それは視聴者にも伝わるということを気付かされました」 

(以下略)~~権力監視の必要性を語った小川彩佳|LITERA/リテラより引用

 

§メディアが果たすべき役割。

私は観ていませんのですが、

“最近は「報ステ」が内容的に、政権批判の色が薄まってきた”

との“情報”をよく見聞きしていたものです。

この原因は、テレ朝のトップ=会長の指示で、番組を担当のプロデューサーが、

“自民党寄り”の人物に代えられたことにあるようですね。

その人事異動の一環として、この小川彩佳アナの「卒業」が実行されたと。

なるほど、これで、「点と線」がつながったように思います。

 

小川アナが、TV朝日公式ブログで語っておられること(赤字の部分)は、

確かに、ジャーナリズムの本質を突いておられると思います。

こういう方が、最近はずいぶんと少なくなりました。

 

それは、考えてみますと、マスコミの“体幹そのもの”が、

権力の方にすり寄っている(いわゆる「忖度」)、

―あるいは、権力がマスコミに圧力をかけている…

いや、その<両方>かもしれない―ということが原因ではないか。

 

 

当然のことながら、上記の「LITERA」の記事の内容が100%正しい、

とも言い切れるものではないですが、

昨今の、メディアと政府との関係を、注意して見ていると、

非常に肯けることでもあるのです。

 

財務官僚のセクハラ事件のとき、

テレビ朝日は、被害に遭った自社の社員を

“見殺し”にしました。

また、NHKは、従来から“国営放送”とさして変わりない。

(ただ番組の手法は民放の“マネ”がやたらと多くなってきた)

TBSは、オウム真理教事件のときと、

同様の大罪を犯していたことが、つい先日明らかになりました。

201311月、警察密着番組を取材中、鹿児島県警管内の警察官が、

酔っ払いの男性を取り押さえた際、死亡させた。

その映像を、警察に引き渡している)

「TBSは死んだ」再び。映像の押収を公表せず

 

 

例証は枚挙にいとまなし、なのですが、

これでは、総体として、日本のメディアが、

“官邸のアンダーコントロール”―ということになってしまいます。

権力への「批判精神」を持ち合わせるメディアの存在こそが、

健全な民主主義の確立への第一歩ではないでしょうか。

以前にも書きましたが、この点において、

日本は、やはり米国には遅れをとっていることを、認めざるを得ない。

 

こんなことをとやかく言っているのは、私だけではありません。

「客観的な目」―海外記者たちの評価を見てみましょう。

報道の自由度、日本は67位:朝日新聞デジタル(2018.4.26)

対外的に、こんな評価をされて、

日本のマスコミは、恥ずかしくないのかなあ…

 

再度書きますが、「報道・言論の自由」は、

民主主義の根本であるわけです。

戦後70年余をかけて育てようとしてきた、

我が国の民主主義そのものが、

今こそ、問われているのではないでしょうか。

 

 

ところで、10月から元NHK有働由美子氏が、NTV系で

ニュース・キャスターとしてデビューされているそうです。

有働氏の独立時に、“先輩”の池上彰氏は、

「簡単にジャーナリストと自称してほしくない」と、

ややキツい発言をなさっておられましたが。

どこまで小川アナの域に迫れるか―ですね。

 

話が“脱線”ばかりでしたが、今回はこれまで、ということで…

長文乱文及び妄言多謝。

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2018年9月30日 (日)

魔女は眠らない、聖女は眠れない(14)~「引退」と「卒業」。

§ドラゴンズ2選手の引退。

10月」がもう、すぐそこです。

この時期になると、日本シリーズが残っているとはいえ、

プロ野球も、ストーブ・リーグの話題がだんだん賑やかになってきます。

こんなニュースを見ました。

今季引退の中日・岩瀬&荒木、最後まで全力誓う - SANSPO.COM(サンスポ)

岩瀬投手は、中日ドラゴンズの“抑え”のエース。

荒木内野手は、俊足好打、更に守備も抜群に上手く、

ドラゴンズの“黄金時代”を支えた名選手でした。

 

タイガースファンの私としては、この二人に、

何度痛い目に遭わされたことか。

ナゴヤドームでのドラゴンズ戦には、ホント、いい思い出が無い。

落合監督に、タイガースはいいようにやられていました(苦笑)。

 

そういえば、その落合博満監督ですが、

彼の監督就任時、コーチ陣に

“選手には、絶対に手を上げないようにとの指示を出していた”

と、聞いたことがあります。

これは、“体育会系における常識”からしてみれば、

かなり、異例なことだと思います。

 

大相撲、体操、高校・大学野球などでも、頻繁に“暴力ざた”が

ニュースになっていますが、メディアが報道する以前に、

たぶん、一般の人々も(学生時代とかに)、

現実に見聞きしたことがあるはずです。

 

相撲界で事件が起きたとき、鈴木大地スポーツ庁長官が、

“型どおりのコメント”を記者会見で発表していましたが―

 

ご存じのように、鈴木長官は競泳のメダリスト。

“水泳界は大丈夫かも(?)だが、こんな暴力事件のたぐいは、

長官も、先刻ご承知じゃないの?“

などと、意地の悪い小生は感じた次第。

それを聞いている記者の中にも、

ラグビー、バレー等々、学生時に体育系の部活を経験していた人も

少なからずおられるハズ、だと思うのですが、

まるで、“こんなことは初めて知りました”

という調子で報道されても、それは問題アリ、

だと思うのですけどね。

 

やや細かいことから始めてしまいましたが、

私が問題にしているのは、

記者の「スタンス」、つまり、「姿勢」そのものなのです。

まずは、知り得た事実は、明らかにせねばならない。

それが、マスコミの“基本的立脚点”であろうと考えます。 

 

§小川アナ、「報ステ」卒業。

現在のマスコミのだらしなさについては、

今までにもずいぶんと批判していますが、

次に、別のニュースから。

今度は、「引退」ではなく、「卒業」です。

 

TV朝日の小川彩佳アナウンサーのことが話題に上がっていました。

テレビはあまり観ませんので、同局の「報道ステーション」も、

数回見たくらい。

 

小川アナの「卒業」については、

共演の男性アナとの不仲説とか、

ジャニーズタレントとの“破局”が原因、

などという週刊誌の報道がありましたが、

どうも、以下のようなことが“本筋”のようです。

                              (つづく)

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«忘れようとして。(28)~長崎の写真となかにし礼氏作の「少年」。